立花仙蔵という男は、皆に知られている通り学園一クールで落ち着きのある優等生である。だが一方で遊び心に溢れている面もあり、六年生、特に同室の潮江文次郎がいる所では茶目っ気を前面に出して引っ掻き回すことが多々ある。
 それに対する上級生の見解は『甘えと信頼の証』であり、口では文句を言いつつも本気で諌めようとはしたことがない。否、諌めようとしても丸め込まれて有耶無耶にされている、といった方が正しいだろう。仙蔵の話術に勝てる者は少ないのだ。
 仙蔵が悪戯心を発揮する、それは信頼しているという証。

「聞いて文ちゃん! 立花俺まで吹き飛ばそうとしたんだ酷いよな!?」
「何を言っている、お前が丁度良い所にいたのが悪い」
「俺お前が指示したところにいたんだけど!」
「そんな指示はしておらん」
「してたね! ぜってーしてた!」
「ならば聞き間違いだな。耳掃除していないからこんなことになるんだぞ」
「いい笑顔で言っても説得力ねーし! ぜってえわざとだろわざと!」

 つまりこれは、仙蔵が伸一郎を信頼しているということなのだろうか。
 漸く取れたアヒルの頭を膝の上に抱えながら、文次郎はギャーギャーと騒ぐ幼馴染みと同室者を見比べた。
 合同演習の時に何かあったのか、二人は言い争いながら医務室に入って来た。汚れが落ちていないので終わって直ぐに来たのだろうが、イマイチ文次郎には状況が掴めない。同じくイケドンアタックに巻き込まれ医務室戻りになった――かすり傷程度で済んでいたので、不運中の幸運なのかもしれない――伊作もまた、不思議そうに仙蔵と伸一郎を交互に見ている。

「何これ」
「知らん」
「仙蔵、生き生きしてるね」
「悪戯が成功した時の顔だな」
「……仙蔵が、松平にねえ」

 何か意外、とポツリと呟いた伊作の言葉には他意はない。
 優秀ない組の中でも一番を誇る仙蔵と、は組の中ではやや優秀と言えども全体的に見れば見劣りする伸一郎。今まで接点など無いように見えたこの二人が仲良くしていれば、伊作だけではなく他の者も不思議に思うだろう。
 それを分かった上で、文次郎は伊作の言葉に肯定も否定もせずただ一言「そうか」と返した。

「うん、意外。松平と仙蔵って組み合わせがそもそも珍しいし」
「そんなもんか」
「文次郎はそうは思わないのかい?」

 先程から曖昧な返事しか返さない文次郎を訝しげに見、伊作はあれまと目を瞬かせる。

「文次郎?」

 文次郎は嬉しそうに笑っていた。目元は優しく和らいでおり、口角が三日月に上がっている。頬はほんのりと紅潮しており、とても幸せそうに見える。
 実際に文次郎は幸せだった。幼馴染みとは相いれることが出来ないと直接言ってきた同室が、幼馴染みを信頼してくれたということをに喜びを感じていた。
 ギャーギャーと騒ぐ仙蔵と伸一郎、それを見て嬉しそうにする文次郎。

「これどんな状況? 僕だけ仲間外れ?」

 益々訳が分からなくなった伊作は、首を傾げ一人ぼやいた。

20130123
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