〈……で、いけどんアタックの的になった伊作が医務室送りになり、運悪くアヒルを被ることになりそれが抜けなくなった文次郎も医務室に連行された、と〉
〈そして俺の部屋も木端微塵という訳だ〉
〈伊作の不運が等々周りにも影響し出したか……〉
〈かもな、今のこの状況もプチ不運だし〉
〈ああ、全くだ〉

 合同演習の舞台となった裏山、の一角。そこで伸一郎は仙蔵と共に木々に登り、静かに息を潜めていた。
 首から下げられている札が風に揺られ動く。それを忌々しげに一瞥し息を吐く。
 合同演習の内容は、くじ引きで決められた相手とペアを組み、他ペアの持つ札を奪い取るというものだった。その結果仙蔵とペアを組むことになった伸一郎は周りに羨ましがられたが、自身としては複雑極まりない。
 仙蔵は六学年一の天才である。これ以上にないほどのペアの相手であろう、現に伸一郎も仙蔵がペアだと知って真っ先に「これで不合格はない」と安堵した。然し仙蔵に「よりにもよってお前かよ」という目で見られ、伸一郎の心は折れてしまった。己にとっては良くても、仙蔵にとって己は足手まといでしかないという現実を思い出したからである。
 ここ最近は文次郎を挟んでにらみ合いをすることが多かったが、それは文次郎が関わっていたから出来たことであり、個人的なことで仙蔵と対峙する度胸を伸一郎は持っていない。

(なんでこうなったのやら……)

 いけいけどんどーんと木霊する声が響いてくる。それをぼんやりと聞いていると、〈行くぞ〉という矢羽音が送られていた。

〈小平太・長次ペアに見つかるとマズイ。一端場所を移すぞ〉
〈おう。つうか何でくじ引きだったのにあいつらペアになんだよ。七松様だからか?〉
〈無駄口はいいからさっさと着いて来い〉
〈へーい〉

 シュッと木々の隙間を縫って行く仙蔵の後を追う。
 二人の作戦はごく単純なもので、終盤で一気に襲っていくものである。これは短期戦型の伸一郎を配慮した仙蔵の発案によるもので、当然ながら意見など出せるはずもない伸一郎は素直にそれに従っている。

(これで文ちゃんがペアだったら、立花きっと今頃高笑いしながら札ぶん取っていってるんだろうな。で、文ちゃんは文句を言いながらも完璧なサポートをしていく)

 ふと思い浮かんだ予想に、伸一郎の体の重みが増した。幼馴染みとの差を見せつけられた気がして嫌になる。原因はすべて己にあるので誰かにぶつけることも出来ないから余計にだ。
 仙蔵が立ち止ったので、その隣に立ち枝に腰を下ろす。一瞥されたが何も言われなかったので、伸一郎は胡坐をかき頬杖をついた。時々争う音が聞こえていくる以外、至って静かなものである。

「お前は、私と仲良くする気はあるか?」

 その静寂を、仙蔵が破ったことに伸一郎は驚いた。見上げれば、遠くを見つめながらもう一度同じ言葉を繰り返される。

「矢羽音、いいのか?」
「……お前の口から直接聞いてみたくてな。こんな機会、滅多にないであろう?」
「そうかも、しんないけどさ」

 それでも意外に思え口竦めば、ふっと仙蔵が口角を上げた。幹に背中を預け、それでも視線は遠くに固定しながら言葉を紡ぐ。

「松平、私はお前が嫌いだよ。お前ほど文次郎を傷つけた者も、愛し愛されている者もいない」
「おー、知ってる」
「以前文次郎に言ったことがある。『幾らお前の幼馴染みであろうと、私は相いれるつもりはない』と」
「よく言ったな」
「そしたらあいつ、何と返してきたと思う?」
「あー、そうだなぁ……」

 ふむ、と伸一郎は本気で考えてみた。己と文次郎の関係、仙蔵と文次郎の関係、己と仙蔵の関係を混ぜ合わせ、一つの結論を出す。

「寂しい、じゃね?」

 七割方確信を持って言うと、仙蔵が驚いた目を向けてきた。その反応に当たっていたことを悟り、伸一郎はこみあげてくる感情に顔を綻ばす。

「文ちゃんな、昔っから好きな人達が仲良くしているのを見ると嬉しそうにするんだ。逆に仲が悪かったりすると、寂しそうにする」
「――……それは、つまり」
「んー? ってことは仲良くしないと文ちゃん悲しむってことか。どうする? 仲良くしてみっか?」

 にやりとした笑みを浮かべると、数回瞬きした後仙蔵はその綺麗な顔に悪戯っ子のような笑みを浮かべた。腕組みをし、ふんと鼻で笑う。

「お前と犬猿の仲と称されるの嫌だしな、仕方ない。仲良くする努力はしてやろう」
「うーわー、超上から視線。因みになんで嫌なんだ?」
「犬猿の仲と称される奴等ほど、実は仲がいいからだ」
「……ははっ、確かに。なんやかんや言って文ちゃんと食満、認め合ってるもんなー」
「それと四年の田村と平」
「大木先生と野村先生も同じく、ってか」

 くくっと声を押し殺し笑う。その時、残り時間十分を切ったことを知らせるのろしが上げられた。
 伸一郎は腰を上げ、仙蔵も幹から背中を起こす。

「完全勝利を収めて文ちゃんへの土産話にしよーぜ、立花」
「馬鹿者、お前はそれでも文次郎の幼馴染みか?」

 さらりと長い髪を掻きあげ、仙蔵は薄く笑う。

「この私と組むのだ、完全勝利が当然に決まっておろう?」
「……おー、凄過ぎて言葉でねえ」
「さあ行くぞ、松平。文次郎との鍛錬の成果をしかと出すがいい」
「お代官様のおっしゃる通りに」

 生き残っているのだろう、小平太・長次ペア、食満、その他数名の気配が色濃くなった。最後の奪い合いが始まっているそこへと向かうため、仙蔵と伸一郎は木々の間を走っていく。
 不思議なことに、最初感じていたものは綺麗に消え去っていた。

20121215
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