翌日になっても、文次郎の容態はよくならなかった。
 熱にうなされる文次郎を見た三木ヱ門と伊作が看病を買って出るのを諦めさせたり、文次郎の容態が良くならないのは伸一郎の不手際のせいだと仙蔵が喚くのを抑えたりと、代わる代わる来る見舞い客の相手をすることになった伸一郎は、体力を根こそぎ奪われ昼過ぎにはぐったりした状態になった。

「お茶、どうぞ」
「……すまない……」
「こっちこそ見舞いに来てもらったのに悪いな、文ちゃん寝てて」
「……いや、寝ているようで安心した……」
「そっ、そっすか……」

 だというのに機敏に動けるのは、見舞い客――長次への苦手意識のせいなのかもしれない。
 何を考えているのか分からない強面のポーカーフェイスを一瞥し、伸一郎はそろそろと離れた場所に腰を下ろす。

(うーわー、俺どうしたらいいの何考えてんのこの人)

 居心地の悪さにソワソワと身体を小刻みに動かす。文次郎により紹介しされた間柄ではあるが、正直に言って全く親しくない。すれ違えば挨拶する程度の仲である。
 何より伸一郎は長次に苦手意識を持っていた。何を考えているか分からない強面のポーカーフェイスに、冗談が通じなさそうなテンションの低さが苦手である。文次郎曰く大変お茶目な部分もあるそうだが、見たことがないので何とも言えない。

「……松平……」
「ひゃいっ!?」
「……ひゃい……?」

 突然話し掛けられたことで、伸一郎は奇妙な声を上げ飛び上がってしまった。それに長次が不思議そうに見てきたので、慌てて「気にしないでくれ」と居住まいを正す。
 長次は数回瞬きをし、こくりと頷いた。恐らくは了承の意なのだろう、開いた口からは追及の言葉は出て来なかった。

「……文次郎の幼馴染みであるお前に聞く……今の状況を、どう思う……?」
「状況って、天女サマのことか? それとも文ちゃん?」
「……全て引っくるめてもらって構わない……その代わり、正直な感想を聞かせてもらいたい……」
「……本当に正直に言っていいのか? 遠慮なく言うぞ?」

 再びコクリと長次は頷いた。
 伸一郎は文次郎を一瞥し、頭を掻きながら口を開く。

「ハッキリ言うと、気に食わねえ。文ちゃんがここまで頑張るのも、文ちゃんにここまで頑張らせるお前らも、文ちゃんを苦しませる天女サマも全部、全部気に食わない」
「……」
「それ以上に、苦しんでいる文ちゃんを助けられない俺がムカつく」
「……大切、なんだな……」
「文ちゃんのことか? 大切って言葉じゃ足りない位大切だ。文ちゃんは、文次郎は俺の――」

 寝ている幼馴染みの頬に手を伸ばす。意外にも柔らかいそれに目元を和らげる。

「――大切で愛しい、たった一人の幼馴染みなんだ」

 その言葉が夢に届いたのか、ふっと文次郎の口元が緩んだ。伸君と寝言で呼ばれたので、益々愛しくなり頬を撫でていた手で文次郎の手を握る。

「だから俺は、文次郎を守る為なら何だってする。この魂を鬼に売ろうとも、この身夜叉になろうとも絶対に、絶対に守る」

 普段とは打って変わって静かに、だが絶対の意志を込めたその宣言に、長次はほんの少しだけポーカーフェイスを緩めた。
 松平、と抑揚のない声で名を呼ぶ。視線だけを向けた伸一郎に、見舞いと同じくらい大事な用件を話し出した。


*-*-*-*


 では、と部屋を出ていった長次の気配が完全に遠退いてから、伸一郎は深く息を吐きだした。
 大きく鳴る心臓を手で押さえ、あーと意味なく声を出す。

「中在家何と言う博打打ち……いやかなり得意そうだけどさ」

 長次の見舞いとは別の用件を聞かされ、それを背負うことになった伸一郎は荷物の重さに早速放り投げたくなった。だが大切な幼馴染みの為とぐっと我慢する。
 再び大きく息を吐き、ゴロンと文次郎の横に寝転がる。

「委員長って、大変だなー……」

 ボソリと呟いた声は、誰にも聞こえることなく宙に溶けて消えていった。

20121211
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