【第三話】


「文ちゃーん、差し入れ持って来たから有り難く食えよー」

 仙蔵は単独任務に夜から出掛ける為、部屋を訪れても鉢合わせすることはない。差し入れを持って来た伸一郎は誰にも見られていないのを確認してから、部屋の中に入った。
 中には文次郎一人だけおり、ムスッと不機嫌そうな表情を浮かべている。チラリと伸一郎を一瞥し、顎で文机を示す。

「置いてさっさと帰れ」
「はいはい、どうしたんだ?」

 冷たい態度は単なる八つ当たり。それに怒るわけもなく、言われた通り皿を文机に置き、伸一郎は文次郎と向き合う。
 文次郎の口は一文字に結ばれていた。キッと睨まれたが、微笑み返した途端へにゃんと眉が下がる。

「さっき、留三郎と喧嘩したんだ」

 ボソボソと話し出した文次郎は目に見えて落ち込んでいる。数年前はこれに涙が追加されていたのだから、やはり幼馴染みは強く成長している。
 それに一抹の寂しさを感じつつ、伸一郎は昔のようにその頭を撫で続きを促す。

「それで?」
「鍛練が足りなくて、負けた」
「んあ? 善法寺が止めに入ってなかったか?」
「止めに入られなかったら、確実に負けていた」

 悔しい、と文次郎は唇を噛み締める。それに成る程と頷く。

(結果的には引き分けだったけど、力不足を痛感して悔しがってるって訳か)

  撫でる手をそのままに、その負けず嫌いっぷりに苦笑を浮かべる。

「ならいっぱい鍛練しないとな」
「……おう」
「でもその前に腹ごしらえな。食いっぱぐれただろ?」
「伊作の説教のせいでな」
「……つまりあの二人も食いっぱぐれたのか、流石不運とプチ不運」

 クラスメイトの顔を思い浮かべると、苦笑いが引き攣った。文次郎の分しか頼んでいなかったので、あの二人は朝まで空腹を堪えることになるだろう。
 ほんの少し申し訳なさを抱きつつ、文次郎に皿を差し出す。おばちゃん特製お握りに、文次郎の目が輝いた。

「悪いな」
「いいってことよ。猫舌文ちゃんでも食べられるよう、ちゃんと冷ましてあるからな」
「バッ、バカタレー! 誰が猫舌……っ!」
「ほら文ちゃんお食べー」

 猫舌という言葉に敏感に反応した文次郎の口に無理矢理お握りを入れる。ムッと顔をしかめられたが、大人しく食み始めたのでよしとする。
 口煩い彼を黙らすにはこの方法が一番効果的だ。一旦勢いを削がれたらかなりの確率で大人しくなる。

(つうか文ちゃん、いい加減自分が猫舌だって認めようぜ……)

 お腹が減っていたのを思い出したのか、一心不乱に食べる文次郎を眺めながら思う。
 彼が猫舌なのは地元の村人全員が知っていることである。鍛練だと言って冷たい物しか食べないのは、単純に温かい物が苦手なのを隠す為のカモフラージュだ。その方法を教えた三年前の会計委員長が恨めしい、お陰で実家に帰った時も吸い物の中に氷を入れるようになった。

(そういやこいつ、かなり先輩達の影響受けてるよなー)

 ふと、歴代会計委員長を思い出す。彼等は揃いも揃って個性が強かったのだが、その要らない部分を文次郎は受け継いでしまっている気がする。鉄粉お握りだったり、クナイを頭に刺したり、十キロ算盤だったり。

「文ちゃん」
「んあ?」
「俺、切実に過去に戻りたい」

 戻って、お前が会計委員会に入るのを阻止したい。
 至って真面目に言う伸一郎に、文次郎は訳が分からず首を傾げた。

20121025
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