「文ちゃんのアホ、立花の盾になった時に触られて熱出して倒れるか普通」

 幼馴染みが倒れて医務室に運ばれたと聞き見舞いに訪れた伸一郎は、倒れた訳を聞き開口一番呆れたようにそう言った。
 それに仙蔵が眉間にしわを寄せ、ギロリと伸一郎を睨みつける。

「文次郎を馬鹿にする気か?」
「もうしてる。おいこら文ちゃん、無茶しないって約束はどうしたんだー?」

 布団の中で顔中真っ赤にし魘されている幼馴染みの横に腰を下ろし、その顔を覗き込む。濡れ手ぬぐいを額に置いている文次郎は薄く目を開け「すまない」と小さな声で謝罪した。
 熱で潤んだ目に、伸一郎は息を吐いた。手を頬に伸ばし撫でてやる。

「倒れるまで頑張るなって言っただろ、文次郎」
「伸、君……」
「おー、分かってる分かってる。今日は俺の部屋でお泊まりなー」

 ハッと熱い息を吐き、文次郎が伸一郎の手を掴む。汗ばっているそれを握り返すと、幼馴染みは安心して目を閉じた。そのままスゥ……と眠りにつく。
 それにどうしたものかと伸一郎は苦笑を浮かべた。幼馴染みの甘えに怒りが緩和し、愛しさが沸き上がって来る。

「本当、馬鹿だよなあお前は」

 休まず駆け回り得られるものは、何一つ無いに等しい。それでも止めようとしない幼馴染みを、どうして愛しく思わないだろうか。

「だから可愛いんだろーけど」

 この一週間で濃さを増した隈を空いている手でなぞる。んんと文次郎が擽ったそうに顔を背けた。
 それに目元を和らげる伸一郎に、冷ややかな声がかけられる。

「松平よ、貴様よもや私がいることを忘れていないだろうな?」
「忘れてたごめんねー」

 ケロッと悪びれる様子もない伸一郎に、今の今まで存在を無視されていた仙蔵の顔は般若と化した。もし下級生が見ていれば恐怖の余りちびっていただろう。
 だが伸一郎はそれすらも無視し、文次郎の額にある手ぬぐいに手を伸ばす。

「立花、善法寺いねえけど」
「……桶の水を替えに行っている」
「んじゃ、帰ってきたら文ちゃん連れていくから。お前は来んなよ、天女サマが来たら意味ねえし」

 高熱で温くなっている手ぬぐいを畳み直し、再び額に置く。
 伸一郎の言葉に仙蔵は苦虫を食んだかのように顔をしかめた。渋々、本当に渋々と頷く。

「確かに私がいればあの女は来るだろう、忌ま忌ましいことに」
「お気に入りは大変だな。あと四年の田村も、異様に気に入られてなかったか?」
「ああ。あの女は私と田村を一等好いておる」
「堂々と二股とか流石天女サマ。多夫一妻でも目指してたりして」

 冗談しかめて言ったのだが、仙蔵は笑わなかった。「笑えない冗談はよせ」を舌打ちをする。

「あれの夫になるぐらいなら、文次郎を娶ってやる」
「だが断る! 文ちゃんを嫁に出すつもりは――」
「――仙蔵どうしたの!? とうとう頭可笑しくなった!?」
「――な、い、善法寺……」
「とうとう、とはどういう意味だ伊作」

 伸一郎の言葉を遮るようにして医務室の扉を開けた伊作を、仙蔵が睨みつける。だが冗談を本気と受け止めたらしい伊作は、手に持っていた桶を放り投げた。そのまま詰め寄り、ガシッと肩を掴む。

「君はあの子によく狙われているから心配していたんだけどまさか手遅れだったとは! いや今からでも遅くはない! 現実から逃げたら駄目だ仙蔵! 確かにあの子に比べたら文次郎の方がマシかもしれないけどだからと言って文次郎にそんな邪な感情を抱くなんて! 君は文次郎をストレスで殺す気かい!?」
「伊作、何を言っているんだ?」
「さりげなく立花を罵ってるのはスゲーと思うけど、はい落ち着こうぜ不運委員長さーん」

 勢いよく仙蔵を揺さ振る伊作を、伸一郎は止めさせ宥める。深呼吸をするよう促すと、伊作は素直にそれに従った。
 何回か繰り返したことで落ち着きを取り戻し、ゴメンと眉を下げて謝る。

「仙蔵が冗談でも『文次郎を娶る』なんて言い出すなんて、よっぽど追い詰められない限りないことだからね、思わず本気にしちゃったよ」
「……」

 仙蔵は押し黙った。伸一郎も確かにと内心同意する。
 と、ふと伸一郎は伊作の手に桶が無いことに気付いた。入って来た時にはあったのにと首を傾げる。

「善法寺、桶はどうした?」
「えっ、あっ、あれ?」
「どこ置いたんだ?」
「……いや、桶を投げていなかったか?」

 仙蔵の言葉に、ピタリと二人の動きが止まった。脳裏に先程のことが蘇る。
 伊作は確かに投げていた。井戸の冷たい水が入った桶を、部屋の中に。
 ゴクリと誰かが唾を飲み込んだ。恐る恐る、文次郎の方を振り返る。

「ああ、やはりそうなっていたか」

 フッと仙蔵が遠い目をした。ピシリと伊作と伸一郎が固まる。
 不運委員長の手から投げ出された桶は、綺麗に文次郎の顔に覆いかぶさっていた。零れた水が髪や布団を濡らしている。

「文次郎ー!?」
「文ちゃーん!?」

 最悪の考えが脳裏を横切り、二人は同時に悲痛の叫び声を上げた。

20121204
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