文次郎と伸一郎が任務より帰ってきて、一週間が過ぎた。その間で起きたことを簡潔にまとめるとすると『文次郎が頑張った』と誰もが口を揃えて言うだろう。

「ちょーじー! 一緒に――」
「っ、長次! 俺も手伝っていいか!?」
「……ああ、助かる……」
「――文次郎がいるならいいや。長次、また後でねー!」

 気絶する程拒否反応を起こした文次郎は、この一週間ひたすら恋歌のターゲットとなっている上級生達の『盾』として、あちこちを走り回っているのだから。


【第三章】


 パタパタと走り去っていく恋歌の後ろ姿が消えるのを見届け、気配も完全に遠退いたのを確認してから、はあと文次郎と長次は深く息を吐いた。

「……助かった、文次郎……」
「いや、間に合って何よりだ」

 心の底からそう言い、文次郎はその場にしゃがみ込んだ。
 込み上げて来る吐き気を手で押さえて堪え息を整える。接触時間が短かったからか、スッと吐き気は消えていった。
 恋歌と会う度に起きる拒絶反応は嘔吐を五回、発熱を三回引き起こしている。気絶は最初の一回だけだったが、顔色は悪くなる一方だ。伊作は保健委員長としてそれを心配しているが、文次郎はどうしようもないことだと諦めている。
 無理なものは、どう頑張っても無理なのだ。

「……文次郎、大丈夫か……?」
「あっ、ああ、大丈夫だ。それよりも長次、お前図書室にいたんじゃなかったのか?」

 ゆっくりと立ち上がりながら、文次郎は長次に問い掛けた。長次は小さな声で「探し物」と答える。

「こんな場所にか?」
「……ここも、図書委員会の管轄だから……」

 今二人がいるのは、使われていない離れの小屋の前である。鍵を文次郎に見せた長次は、モソモソと説明する。

「……ここには、閲覧不可の書物が保蔵されている……もしかすると、術について書かれた書物が、あるかもしれない……」
「ほっ、本当か!?」
「……ああ、ただ……恋歌がここまで来るとは思っていなかった……」

 後を付けられていたのか、とシュンと落ち込む長次に、違うぞと文次郎は手を左右に振り否定する。

「図書委員の会話を偶然聞いた恋歌が、雷蔵から無理矢理聞いたんだと」
――あの人が中在家先輩のお手伝いをすると言って、追い掛けて行ったんです! お願いです、中在家先輩を助けてください!

 顔を青ざめて会計室に飛び込んできた図書委員の後輩達。特に雷蔵は今にも海に飛び込みそうな程後悔に満ちた顔をしていた。

「後で礼を言ってやるといい。あいつらのお陰で俺も来れたことだしな」

 ポンと長次の肩を叩く。間接的にも後輩に助けられた長次は、ふっと目を和らげ「そうだな」とモソリと言った。

「おっ、そうだ長次。本当に手伝ってやろうか? 書物探し」
「……いや、入れるのは図書委員長だけだ……」
「そうか、なら仕方ないな」
「……それよりも、早く戻った方がいい……他が危ない……」
「むっ、しまった!」

 長次に言われ、文次郎はのんびりしている場合ではないことを思い出した。
 慌てて踵を返し、学舎へと走り出す。

「頑張れよ長次!」
「……文次郎も、頼んだ……」
「おう、任せろ!」

 途中で振り返り、文次郎は拳を突き上げニッと笑って見せた。長次もそれに薄く笑い返し、軽く拳を上げる。
 ビュンと突風が吹き、次の瞬間には文次郎の姿が消えていた。長次はそれを見届けてから、小屋の中に入る。
 小屋の中は、ビッシリと本棚が敷き詰められていた。

20121122
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