「あれま?」 ふと我に返った伸一郎は、いつの間にか食堂に戻っていることに気付いた。 文次郎が待つ所に向かっていたはずなのだが、途中で道に迷ってしまったのだろうか。会計委員会と体育委員会にいる迷子組程ではないが、伸一郎は少しだけ方向音痴であるので不思議ではない。 しまったと頭を掻いていると、伸一郎と名前を呼ばれる。 「どうしたんだ?」 遅くなったのでわざわざ迎えに来たのか、文次郎が駆け寄ってきた。手には頭巾がなく、置いて来たのかと尋ねる。 「いや、先生が引き取ってくれてな。お前の所に行けと言われたんだ」 「……俺そこまで迷子癖ねえし」 「何か言ったか?」 「いや何もー?」 幸か不幸か聞こえなかった文次郎にしらばっくれ、伸一郎は長屋に戻ろうと促した。文次郎はやや不承不承としつつも、促されるまま六年長屋へと向かう。 「そういや文ちゃん、立花から聞いたんだけど天女サマ隣の部屋なんだって?」 「ああ、最悪なことにな」 「俺んとこ来るか? 一人部屋になったから同室いねえし」 「……仙蔵を一人にする訳にはいかねえ」 返答に間があったので、恐らく是と答えたかったのだろう。その証拠に、文次郎の顔には残念という文字が浮かんでいる。 憎たらしい文次郎の同室者の顔を思い浮かべ、だが直ぐに追い払った。伸一郎の顔が苦虫を噛んだかのように歪められる。 「悪いけどあいつは駄目だ。会えば間違いなく喧嘩になる」 「……ああ、そういやお前、宝禄火矢の的決定だったな」 「文ちゃんのせいだからな文ちゃんの!」 「元を糾せばお前だ」 冷たい言葉に伸一郎は顔をしかめ、文次郎の背中に回り込んだ。そのまま、とうっと飛び付く。 「文ちゃん冷たい俺寂しー!」 「何時も通りだろうが」 首に回す腕に力を入れ、足を持ち上げ腰に巻き付ける。文次郎は振り落とすことなく「重い」と呟いた。 「お前俺より体重あるな」 「そりゃあ、しっかり食べて寝てるからな」 「俺だって食べてはいる」 「でも寝ないから不健康。そのせいで身長伸びず体重も増えない。うん、鍛練のし過ぎはよくねえってことだ」 「夜は忍者のゴールデンタイムだ」 「それで全てが免れると思うなよ、文ちゃん」 健康云々よりも鍛練第一な文次郎だが、それを理解する人は極僅か。残念ながら伸一郎はその中に含まれていない。 己よりも細身な身体にしがみついた伸一郎は、端から見るとどのように見えるか想像し、フハッと吹き出した。真横にある幼馴染みの頭に己のをコツンと当て、小さく笑う。 「文ちゃん、このまま部屋に行こうぜ。題して『立花の怒りを呆れに変えてみよう作戦』!」 「何も言わず宝禄火矢を投げ付けられるに食券五枚」 「それされたら文ちゃんも巻き込まれるよな?」 「安心しろ。お前を捨てて避難してみせる」 「ひっでー。俺は呆れて『お前らいちゃつくなら余所でしろ』と言うに食券五枚」 「言ったな?」 「そっちこそ」 顔を見合わせ、ニッと笑う。 伸一郎にしがみつかれたまま、文次郎は長屋の己の部屋へと駆け出した。 20121120 prev 栞を挟む next [目次 表紙 main TOP] ![]() |