どこかギクシャクとした空気を残したまま、この日は解散することになった。
 文次郎は皿類を食堂に持っていくと自ら名乗り上げ直ぐに部屋を退出し、伸一郎もその後を追ってきた。二人仲良く皿を分け合い持ち、暗い廊下を音もなく歩き食堂へと向かう。

「これからどうすんだろーな、あいつら」

 不意にポツリと、伸一郎がそう零した。それに「さあな」と返しながら文次郎は目を伏せる。

(俺がもっとしっかりしておけば……)

 文次郎が想像以上に恋歌に対して拒否反応を起こした為「文次郎を盾にする」案は取り消しになり、再び案を考えることになった同胞達のことを思うと胸が痛む。
 同胞達は自分達ではどうするこもできず、文次郎を頼りに求めてきた。だと言うのに、それに応えられないばかりか更に追い詰める真似をしてしまった。
 もしも、文次郎の言うように本当に恋歌が人外だったとしたら。同胞達は人の力が及ばない脅威に曝されていることになる。この先どうなるのか、誰にも予想することは出来ない。

(守らな、ければ……)

 教師を頼ることは出来ない。下級生は以っての外。他の上級生達の殆どが気が狂っている。
 ここで己が戦力外になれば、同胞達を守れるものがいなくなる。それだけは、同胞達の為にも避けたい。

(俺が、守らねえと……)

 未知なる存在に対する恐怖心を押し殺し、文次郎は盾になることを決意した。忍務と思い感情を殺せばどうにかなるかもしれない。
 その決意を感じ取ったのか、伸一郎が文次郎を見た。その目は止めろと訴えている。

「さっきの話だけど、俺も文ちゃんの言う通りあいつは人外だと思う」
「バカタレ、あれは例え話だ」
「だって可笑しいだろ、修道趣味の奴までがあれを崇めてんだぜ?」

 食満に抱かれたいやら文ちゃん抱きたいって言っている修道趣味の奴がいんだけど、そいつかなりの女嫌いなんだ。なのに、天女サマ天女サマ。なあ、可笑しくねえか? なんで女嫌いの奴までがあれの虜になるんだよ。
 いつの間にか、文次郎の足が止まっていた。伸一郎は文次郎の前に回り込み、その双眸を見下ろす。

「立花達が変な術にかけられているって聞いた。だったら、この学園の人間殆どがかけられてる可能性は?」
「……っ、そんな馬鹿なこと」
「こう考えられないか? あいつは学園の全員に術をかけた。けど立花達はそれにかからなかったから、もっと強い術を今かけている。目的は俺達人間をどうにかするため」
「やめ、ろ……」
「俺達が普通なのは、あれが来た日にいなかったから。だからあれは文ちゃんにも術をかけようとしたけど、お前は術に拒否反応を――」
「止めろ!」

 皿を手放し、文次郎は伸一郎の胸倉を掴んだ。ガシャンと音を発てて皿が割れ落ち、破片が飛び散る。
 言われた通り伸一郎は口を閉じた。荒い息をして睨みつけてくる文次郎の目を、真っ正面から受け止める。

「あれは、『人間』だ」
「……」
「あいつらは、『人間』に脅かされてんだ」
「……」
「『人外』にじゃない、『人間』にだ」

 自らに言い聞かせるようにして言い、文次郎は伸一郎の肩に額を押し付けた。伸一郎の手が背中に回り優しく摩る。

「馬鹿伸一郎、本当に人外だったらどうすんだよ……」
「うん」
「あいつら、今まで以上に追い詰められるじゃねえか……」
「……うん?」
「思っていても、口に出すなバカタレ……」
「……んーん?」
「……なんだよ」
「いや、文ちゃんの心配はそっちかーと思って」

 若干遠い目をした伸一郎が「自分の心配しよーぜ」と呟いた。訳が分からない文次郎は顔を上げ、首を傾げ見上げる。

「伸一郎?」
「んー、あー、ん、何でもない。何でもないよー、文ちゃん。あれは『人間』だもんな」
「……おう」

 ポンと頭に手を置かれ、文次郎は俯いた。今更ながら癇癪じみた行動を取ったことに羞恥心が沸く。
 冷静になって考えてみれば、伸一郎の予想は的外れとは言い難い。前提が人外だが、それを抜きにしても可能性は高い。

(よく観察する必要があるな……)

 恋歌の目的は何か。例えそれが何であれ、学園に害成す存在であるのには間違いないだろう。
 今度会ったら問い詰めてやる、と鼻息荒くする文次郎を見ていた伸一郎が突然「あっ」と声を上げた。それに文次郎が意識を向けると同時に、ヒョイと身体を持ち上げられる。

「伸一郎?」
「文ちゃん、足元注意。破片飛び散ってるから」
「げっ!」

 指摘され、文次郎は皿を床に落としたことを思い出した。床を見れば粉々になった皿の破片が飛び散っている。
 アチャーッと文次郎は肩を落とした。食堂のおばちゃんから雷が落とされるのは必須である。

「文ちゃん、どうする?」
「先ずは片付けが先だ。伸一郎、飛ぶからバランス取れよ」
「バランス感覚なら誰にも負けねー自信があるぜ」
「俺もそう思うぞ、っと」

 器用に皿を頭の上に乗せている伸一郎の肩に手を置き、文次郎はそこに力を入れ上へと飛び上がる。ふわっと伸一郎の頭上に舞い上がり、そのまま後ろへと着地した。その際伸一郎の頭の上にある皿が一瞬揺れ動いたが、落ちることなかった。

「お見事」
「お前もな」

 お互い褒めたたえつつ、頭巾を取る。一旦それに集める為だ。
 伸一郎は皿を手に取り、あーと声を上げてから提案する。

「俺先に行って事情説明しとこーか?」
「……言い訳はしなくていい」
「了かーい。後帚持ってくっから」
「助かる、頼んだ」
「んじゃ、いってきまー」

 ヒラヒラと手を振り食堂へと向かう伸一郎を見送り、文次郎は散らばる破片を見た。込み上げて来る溜息の衝動を抑え、破片を拾い上げる。

(やっぱ言い訳頼んでおいた方が良かったか……?)

 カッコつけて断った文次郎だったが、食堂のおばちゃんのお怒りを想像し深くうなだれた。

20121119
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