【第二話】 「やるか!?」 「やらいでか!!」 聞こえてきた声に、またかと伸一郎は遠い目をした。最早学園生活の日常と化しているそれは、クラスメイト留三郎と幼馴染文次郎の喧嘩によるものである。 水浴びしたばかりなのにまた汗をかくのか、と呆れてしまう。 一年の時は泣き虫だった文次郎を留三郎が虐めて泣かしていたが、学年が上がるにつれ文次郎は留三郎に立ち向かうようになり、最上級生になった今は犬猿として互角に張り合っている。因みに、当時を知っている先輩達は初めて二人の喧嘩を見た時「あの泣き虫文ちゃんがこんなに成長して……!」と感涙していた。伸一郎も同じく涙したものだ、あらゆる意味で。 「くたばれ稚児趣味!」 「誰が稚児趣味だこの老け顔!」 「鼻の下伸ばして後輩見ている奴なんざ稚児趣味で十分だろうが!」 「誤解招く発言すんじゃねえよおっさん!」 「俺がおっさんだったらてめえもおっさんだバカタレ!」 「俺は兄ちゃんなんだよバーカ!」 低レベルな口喧嘩に似つかわしい殴り合う音が風に乗って届いて来る。 クラスメイトの言葉にいやいやと内心反論する。文次郎は確かに老けて見えるが、それは様々な要因が重なっているためだ。 (あの隈と眉間のシワを取って、必要以上に張り詰めている雰囲気を和らげれば、年相応になるんだけどなぁ文ちゃん) 会計委員会の委員長を任されるようになってから、常時目の下に鎮座するようになった隅よりも濃い隈。歴代会計委員長もまた同じように隈を作っていたが、文次郎のようにアイデンティティになる程居座っていた人は知る限りいない。 そして、自他共に厳しくしようとしている為か中々消えない眉間のシワ、背負った看板の名に恥じぬようにと様々なことを溜め込み固くなっている雰囲気。 主にこの三つが原因で、文次郎は老けて見えてしまっている。学園で文次郎のある意味素顔を知っているのは、間違いなく伸一郎だけだ。 (まあ、食満や立花みたいに騒がれる顔じゃないけどさ) 整ってはいる顔立ちだが、決して騒がれる程ではない。だが右の松の実型の目、左のアーモンド型の目は意外にも大きい。本当に時々だが見せる微笑は、地元の娘達の間ではかっこ好いと評判である。 本当に残念でならない、と伸一郎は思う。あの隈と眉間のシワと雰囲気さえなくなれば、老け顔に見られずくのたま達から敬遠されることもないのだから。 (文ちゃんって、やっぱり損ばかりしてる) 激しさを増す二人の怒鳴り合う声に混じり、鐘の音が響いた。空を見上げればいつの間にか茜色に染まっている。 「飯行くか」 伸一郎はグッと背伸びをし、食堂へと足を向ける。後ろから聞こえる喧嘩の騒音は止む気配を見せない。 もしかすると喧嘩に夢中になり食いっぱぐれるかもしれない。食堂のおばちゃんに頼んで握り飯でも作って貰おうか。 (たまには文ちゃんと飯食うのもいいかもしれないなー) 中々の名案に思え、伸一郎は口角を上げる。 ついでに、文次郎に隈を消してほしいと頼んでみようと思う。幼馴染みが不当な評価を受けているのは、やはり不本意である。 フンフンと鼻歌を歌いながら廊下を歩く。遠くで不運委員長が喧嘩の仲裁に入る声が聞こえた気がした。 20121025 prev 栞を挟む next [目次 表紙 main TOP] |