右足の膨脛に巻かれた包帯を触り、伸一郎が深く息を吐いた。文次郎、と呼び掛けられ一瞬身体を震わせる。
 どうもこの幼馴染みに名前で呼ばれるとむず痒い。それを分かっているからこそ、幼馴染みは名前で呼んだのだろうが。

「どーして鍛練から怪我して帰って来たのかなー?」
「……注意不足だったせいだ」
「はい不正かーい。罠にかかっていた野性の狸を助けた時に怪我をしたって、中在家と七松からしっかり聞いてまーす」
「あいつら伸一郎にチクリやがって……!」
「後何で俺がここにいるのかって言うと、善法寺と立花に文次郎をお説教するよう命じられたからでーす」

 さあ文次郎覚悟はいいな、と笑っていない目で笑う伸一郎に文次郎は冷や汗をかいた。
 文次郎は伸一郎の説教が最も苦手である。伊作のようにガミガミ言うのではなく、長次のように無言の圧力をかけることもしない。如何に心配しているかを訴えてくるのだ。
 それがどうしようもなく文次郎の心を揺さぶる。怪我をして悪かったと思わせられる。
 サッと周囲を見渡し回避出来る材料を探す。だが生憎今いる場所は医務室ではなく長屋の自室、伸一郎の気を反らせるものなど何処にもない。

「文次郎?」
「すまなかった」

 否、この状態の幼馴染みをどうにか出来る材料など元から何処にもない。本気で心配している伸一郎の言葉に耳を貸さないなど、文次郎に出来るはずが無かった。
 大人しく謝罪すると、頭を撫でられた。ポツリポツリと文次郎に言葉の雨が注ぐ。

「また怪我をしたって聞いて、心臓が止まりそうになった」
「……おう」
「下手すれば忍者にだって、なれなかったかもしれないんだ」
「……うむ」
「お前が怪我するの、嫌なんだ」

 耳を塞ぐことを許されないそれに、文次郎はシオシオとうなだれた。今でこそ泣きはしないが、昔はここでポロポロと泣き出していたものである。

「すまな、かった」
「怪我しないでくれなんて言わないからさ、せめて身体位大事にしてくれ」
「善処する」
「破ったら絶対許さねえからな」

 約束、と小指を突き出される。文次郎はそれに己のを絡み付けた。

「指切り拳万、嘘ついたらお姫様抱っこして学園中歩き回る、指切った」
「何それ超嫌! 針千本飲まされた方がマシじゃねえか!」
「破んなければいい話だぜー、文ちゃん」
「破る破らない以前の話だ……!」

 指を離し畳の上をのた打ち回る。想像するだけで恐ろしいそれに、だが伸一郎は不思議そうに首を傾げる。

「そこまで嫌がることかー?」
「嫌がることだろ! 俺が横抱きされてんだぞ気持ち悪い!」
「いや可愛いに決まってる!」
「伊作に診てもらって来い!」

 真顔で断言する伸一郎に、文次郎は頭を抱えた。この幼馴染みがフィルターをかけて己を見ているとは薄々感じていたが、ここまで来ると薄ら寒いものを感じる。
 さて伊作に何時診てもらおうかと文次郎の中で日程が立てられた時、部屋の障子が開けられた。

「おう文次郎、怪我したんだってな?」
「……留三郎、何のようだ」

 犬猿の仲である留三郎に、文次郎の今までの思考が全て吹き飛んだ。ギロリと睨みつけるとニヤニヤとした笑みが返される。

「狸助けて怪我するとか、お前バッカだよなあ」
「ああ"!?」
「よくもまあそんなんで鬼の会計委員長が勤まるもんだ」
「うっせえよヘタレ用具が!」
「誰がヘタレだ!」
「てめえに決まってんだろこの家鴨!」
「んだとギンギン野郎!」

 わざわざ笑いに来たのか、初っ端から馬鹿にしてきた留三郎に、沸点の低い文次郎がキレない訳がなく。
 怪我していることも忘れ立ち上がり、文次郎は留三郎の胸倉を掴んだ。留三郎も同じくように掴み返し、至近距離で睨み合う。

「やるか!?」
「やらいでか!!」

 お馴染みとなりつつある喧嘩文句を言うと同時に、二人は互いに向けて拳を繰り出した。ガンとお互いの頬に減り込み、同時に後ろへと飛び下がる。
 先に仕掛けてきたのは留三郎だった。一気に距離をつめ再び拳を繰り出す。文次郎はそれを避け、仕返そうと足に力を入れる。

「つっ!」

 然しかけられた体重に耐えれなかったか、ズキリと怪我した足が痛んだ。文次郎は一瞬そこに気を取られ、反撃のチャンスを逃す。
 留三郎は休まず次の攻撃を繰り出してきた。ブンと蹴り上げられる足に、文次郎は避けきれないと悟り歯を食いしばり衝撃を待つ。

「はい、そこまでー」

 だが文次郎に当たる直前で、その足を伸一郎が掴んだ。

「お前、松平……」
「おいこら食満、怪我人に喧嘩売りに来るってどういう神経してんだよ」
「いたのか……」
「さっきからいましたけどー、まさかすぎる展開に呆然としちゃって止めるの遅れたけどずっとそこにいたからねー」

 スッと間に割り込まれ、留三郎が見えなくなる。文次郎はパチパチと数回瞬きをし、伸一郎を見上げた。背を向けられている為顔は見えないが、雰囲気がおどろおどろしい為怒っていると分かる。
 荒々しく足を掴んでいた手を払いのけ、バランスを崩した留三郎が床の上に転がった。伸一郎はフンと鼻を鳴らし、留三郎を見下ろす。

「それでも喧嘩してえなら、俺が相手になってやんよ」

 正し後でな、と言い捨て、クルリと伸一郎は文次郎の方を向いた。
 ニッコリと笑いかけられたので、文次郎はビクリと身体を震わせ後ずさる。

「指切り拳万?」
「けっ、怪我してねえ! 俺はまだ怪我してねえ!」
「ふーん、じゃあさっき顔をしかめたのは何だったわけ?」
「……」
「はい医務室に行きましょうねー」

 ヒッと文次郎は怯え首を横に振る。だが伸一郎は笑顔でそれを一蹴し、素早い動きで文次郎を横抱きにして抱え上げた。
 怪我のため逃げることが出来なかった文次郎は、ジダバタと手足を動かし抵抗する。

「降ろさんかバカタレ!」
「医務室に着いたら降ろしてやんよ」
「今すぐ降ろせーっ!」
「却下。ああ、そうそう食満」

 文次郎の抵抗もなんのその、ガッシリと抱き上げた伸一郎はポカンととする食満を見下ろし、一言。

「善法寺達に言うから」
「いっ!?」
「そんじゃーねー」

 ザッと顔を青ざめさせた留三郎をスルーし、伸一郎は文次郎を横抱きにしたまま部屋を出た。
 どうしても降ろしてくれないと悟った文次郎は、羞恥に赤くなる頬を隠す為伸一郎の胸に顔を押し付ける。

「お前のこういう所嫌いだ……!」
「お褒めいただきどーも」
「褒めてねえよバカタレ!」

 待ってくれ松平言わないでくれ、と慌てて追い掛けて来る留三郎の言葉を聞き流し、伸一郎はだってと笑う。

「指切り拳万しただろー?」

 本当に実行してみせた幼馴染みの腕の中で、文次郎は耳まで隠れるよう縮こまった。

20121118 風楔紅那様へ
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