「おいおい、どういうことだよ人形って。あいつはちゃんと『意志』があんだろうが」

 沈黙を破ったのは、留三郎だった。ははっと小馬鹿にする笑みを浮かべているが、その頬には冷や汗が流れている。
 文次郎はその言葉に怒ることなくただ一瞥をくれた。そっと目を伏せ「そうじゃない」と吐息と共に吐き出す。

「そこが問題ではないんだ。俺が気持ち悪いと思ったのは、あいつの年齢と気配だ」
「年齢と気配? どういうこと?」
「まずは年齢についてだが」

 人差し指を立て、一と表す。

「俺はあれを見て、大まかにさえ年齢を測ることが出来なかった。あいつから『時間』を感じられなかったんだ」

 人は生きた時間の分を身体に蓄えている。目を養えばその時間を見ることが出来、例え老け顔だろうが童顔だろうが、見る人が見れば正確に年齢は分かる。
 だが恋歌からは時間を見ることが出来なかった。まるで生まれたての赤ん坊のように、身体に時間が刻み込まれていなかったために。

「そして次に、気配」

 人差し指を立てたまま中指も立てる。

「俺はあれから、人間の気配を感じなかった。だからといって、算盤小僧みたいな妖怪の類のでもない。――あれは、生きていない」

 鮮明に思い出せる、恋歌が現れた時。生きている者の気配の中でその存在を激しく主張する『生きていない物』の気配。だと言うのに人間と同じように笑い喋り動く、その不自然さと恐ろしさ。
 何故、と文次郎は恐怖を感じた。
 何故動ける。何故喋れる。何故笑える。何故、何故、人間の姿をしているのに『生』を感じられない。――ああ、まるで人形が動いているかのよう。
 文次郎が口を閉ざすと、シンとその場は静まり返った。静けさに誰かが身じろぎしたのか、服の擦れる音が響く。

「実は私も、潮江先輩と同じく天女サマの年齢が分からないのです」

 沈黙の中、鉢屋が口を開いた。多くの目が変装の達人へと向けられ、続きの言葉を待つ。

「ですがそういった人がいないわけではありません。なので私は、天女サマが実年齢寄りも精神年齢が低いからだと思っていたのですが――」

 そこで言葉を切り、鉢屋は文次郎を見た。

「――潮江先輩は、そうは思わないのですね?」
「ああ。……まああれが本当に天女で、百歳以上生きているのなら話は別だがな」

 冗談しかめて言うと、鉢屋は「確かに」と薄く笑った。だがその目は笑っていない。文次郎を見据え訴えている。
 信じて良いのかと。おのが目でなく、貴方の目を信じていいのかと。
 後輩ではなく一忍びとしての目に、文次郎は口角を上げた。好きにすれば良い、と声に出して返す。

「お前の好きにしろ、鉢屋。これは単に俺一個人の意見であり、押し付けではない」
「……では、お言葉にお甘えしてそうさせて頂きましょう」

 わざとらしく一礼する鉢屋から視線をずらし、文次郎は周りを見渡した。同輩や後輩の表情は焦りと恐怖が入り混じった暗いものになっている。
 それに文次郎は己の発言の重大さに気付いた。余りの迂闊さに内心舌打ちをし、だがまあと努めて明るい声をだす。

「結局これも例え話なだけで、あれは人間だろうよ」
「……然し」
「それに、あいつ普通に物食べてんだろ? 人形は食事なんかせん」
「そっ、そうだよな! 文次郎の言う通りあいつは立派な人間だって!」
「あっ、そういえば僕、あの子の傷手当てしたことあったけど、ちゃんと血出てたよ!」
「おお、益々人間だな!」

 六年は組の二人がわざとらしく騒ぎ立て、人間であることを主張する。文次郎は何も言わず黙って頷き、人間でないと言うことをしなかった。
 それに、後輩達の顔に徐々に安堵の色が広がっていく。
 ただ同輩の長次と仙蔵は何か考え込むようにしていた。小平太は丸い目を数回瞬かせ、訳が分からないといった様に首を傾げている。

〈文ちゃん〉

 ピュッと小さく矢羽音が飛んできた。己達しか知らない暗号の音に、視線だけを向ける。

〈後で話がある〉

 何時にましても真剣な表情を浮かべている幼馴染みに、文次郎は小さく頷いた。

20121117
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