伊作達が無事食料を調達し、各々用事を済ませた者達が帰ってき、三年長屋の一室はより賑やかさを増した。 その賑やかさに伸一郎は居心地の悪さを感じる。親しい人物は文次郎だけなので、それも当然だろう。 「気絶するなんて鬼の会計委員長の名が泣くなあ、文次郎」 「うるせえよ家鴨」 文次郎の隣をキープしながら大皿に並べられた握り飯を一つ手に取る。食べてみると、中身の具は梅干しだった。ガリッと種をかみ砕く。 「それで文次郎、お前はあれに何を感じたんだ?」 「確かに天女サマは不思議な術を使ってはいますが、それ以外は町娘と変わりませんし」 「……俺はあいつが――」 「うげっ、種が歯に詰まったー」 「――お前また噛み砕いたのかよ」 歯に何かが詰まった感触を感じ、伸一郎は文次郎の制服の裾を引っ張りパカッと口を開けた。 呆れたように文次郎は振り向き、伸一郎の口の中をのぞき見る。ボキッと仙蔵が手に持つ箸を折るのが視界の隅で見えた。 「右下の手前から四番目。自分で取れるか?」 「取ってー」 「……箸しかねえぞ」 「貫通しなければ問題無し」 「そうか、ならば私がその喉に突き刺してやろう」 文次郎と伸一郎の間を、投げ付けられた箸が横切った。シュパンッと音を発てて畳に突き刺さる普通の箸に文次郎は顔を青ざめたが、伸一郎は怒りの表情を浮かべ投げた張本人を見る。 「おいこら立花空気読めよ」 「貴様にだけは言われたくない台詞だな」 「俺空気読んでますけどー」 「ほう? ならば先の文次郎の言葉を遮ったのは空気を読んでと申すのか?」 「いや、空気よりも口の中の違和感を取り除く方が先だったから、敢えて空気読まないでみただけー」 「……」 仙蔵は黙って宝禄火矢を持ちゆらりと立ち上がった。慌てて文次郎が二人の間に割って入る。 「わっ、悪い仙蔵! こいつにはちゃんと言い聞かせておくから、なっ、落ち着け、落ち着こう」 「ふっ、何を言っている文次郎。私は落ち着いておるぞ」 「なら火を点けようするな!」 長次手伝ってくれと友人に頼みつつ、文次郎は宝禄火矢を投げ付けようとする仙蔵を押さえ込む。それが誰のためにかというのは明々白々なのだが、それよりも伸一郎は歯に詰まった種の方が重要だった。 文次郎がしてくれないので自分で箸を使いやってみる。数回失敗したが、何とか取ることが出来たのでホッと息を吐いた。 スッキリとした表情を浮かべる伸一郎に、クラスメイトの伊作と留三郎が微妙そうな顔を向ける。 「松平お前、命知らずだよな」 「前も文次郎にお金払わせていたし、怖い知らずなのもちょっと……」 いや俺と文ちゃん幼馴染みだし、あれは勝手に文ちゃんが払っただけだから。 二対の呆れた目に心の中でツッコむ。伸一郎からすれば二人の方が呆れたものである。 以前団子屋で遭遇した時、留三郎と伊作は伸一郎と文次郎が一緒にいるのを『偶然』だと思い込み信じて疑わない。小平太はまず興味がなく、長次だけが文次郎の紹介を聞いていた。 ここまでくれば、何時二人が真実を知るのか楽しみになってくる。なので伸一郎は曖昧な笑みを向け、何も言わなかった。 「話の時間が短くなるから、話が終わってからにしてくれ!」 小平太も加わり三人係りで仙蔵を押さえ込み、機嫌を直すため文次郎がそう提案するのが聞こえた。それにギョッとして振り向くも、見えたのはニヤリと笑う仙蔵のあくどい笑みのみ。 「言質は取ったからな」 「ああ、俺が許す」 「えー!?」 「お前が挑発するのが悪いんだバカタレ!」 不満な声を上げるも、幼馴染みによって一蹴される。それにムカついた伸一郎は、文次郎を盾にしようと心に誓った。 幾分か機嫌が直り座り直した仙蔵が改めて文次郎を見据える。 「それで文次郎、お前の感想を聞かせてくれ」 六年が好き勝手していたので各々勝手にしていた後輩達の目が、文次郎へと集まった。 その場の全員に視線を向けられた文次郎は、言いにくそうに躊躇いながらも口を開く。 「俺にはあれが、例えるなら『人形』に見えた」 「人形、だと?」 「そうだ、人形だ。それも作られたばかりの真新しい――」 そこで言葉を切り、文次郎は目を伏せ一瞬身体を震わせた。恐らく少女のことを思い出したのだろう。 伸一郎は脳裏に少女の姿を思い浮かべ、そして、ああと納得する。 「――『人間』の真似をしているだけの、『人形』だ」 文次郎の言葉に、その場は静まり返った。 静けさの中伸一郎は一人頷く。確かに少女は人形のようだった、と。 20121115 prev 栞を挟む next [目次 表紙 main TOP] ![]() |