食堂を出た瞬間、文次郎の身体中から力が抜けた。それでも必死に足を動かしてみたが、等々歩けなくなりその場にしゃがみ込む。繋いでいた手に引っ張られた伸一郎がそれに気付き、足を止めて振り返る。 「文ちゃん!?」 「……っ」 声を出そうにも、声帯が上手く機能せずヒューヒューと息がもれる。そればかりでなく、頭が痛い。込み上げる不快感に吐き気もする。 文次郎は無意識に伸一郎に手を伸ばした。伸一郎はそれを掴み腕の中へと抱き寄せる。 (あったけぇ……) 伸一郎の腕の中に収まることになった文次郎は、伝わる体温に目を閉じた。暗闇に包まれた世界が、グラリと回転する。 それに抗ことが出来ず、文次郎は意識を手放した。 コテンと頭を預け気を失った文次郎を抱きしめ、伸一郎は唇を噛み締めた。握りこぶしを作り固く結ぶ。 (あの女のせいで文ちゃんが、あの女が……っ!) 脳裏に浮かぶ食堂で会った少女。思い出したくもないのでモザイク処理がかかっているが、それでも苛立ちが消えることはない。 予想していた通り、少女は大切な幼馴染みを傷付けた。それを防げなかった己への怒りも勿論あるが、それ以上に少女への憎しみが大きい。 クソッと悪態をつく。もし文次郎が今ここにいなければ、戻って殴りつけている所である。 追い付いた仙蔵と三木ヱ門が、文次郎の姿を見て顔を青ざめた。口々に名を呼び駆け寄って来る。 伸一郎は文次郎を横抱きにして持ち上げ立ち上がった。無茶な鍛練ばかりしているせいで身長の割に軽いのだが、今日は何時のもまして軽い気がする。 「潮江先輩は……っ!」 「気失ってるだけだ。医務室に連れていって来る」 「待て、今医務室にいっても下級生しかいないはずだ」 「善法寺先輩の居場所は知っています、そちらに向かいましょう」 三木ヱ門の言葉に伸一郎は少し悩んだ後「そうしようか」と頷いた。 「こっちだ」 二人は三年長屋へと向かい歩き出した。それに首を傾げつつも伸一郎は後を追う。その時ふと、文次郎の身体が重くなった気がした。あれと顔を覗き込む。 (文ちゃん、もしかして寝てねえか……?) 顔色は変わらず悪いままだが、すーすーと健やかな寝息が聞こえてきた。気絶してそのまま睡眠世界に旅立ったらしい幼馴染みに、伸一郎は呆然とした後息を吐く。 (あーあったく、イライラ飛んでいったし……) んむぅと文次郎が唸り身じろぎしたので、伸一郎は起こさないよう抱き直す。途端、ふにゃりと顔を綻ばした。どうやら寝心地がいい場所を見つけたらしい。 自由気ままな幼馴染みに、伸一郎は苦笑をこぼす。 「文ちゃん、猫みてー」 呟いた声が夢の中でも聞こえたのか、むうと文次郎が唸った。 20121113 prev 栞を挟む next [目次 表紙 main TOP] ![]() |