「さわ、るな……」 食堂に入ったと同時に、恐怖に怯える幼馴染みの叫び声が聞こえた。間に合わなかったかと伸一郎は唇を噛み締め、人集りを掻き分け文次郎の元へと行く。 「何? 怪しい奴とは握手すらしたくないって? あんた何様のつもりなの」 文句を言う同輩や後輩に適当に謝罪しつつ前に踊り出た伸一郎の目に飛び込んできたのは、文次郎に触れようと伸ばされる天女の手。 ドクン、と心臓が跳ね、一気に頭に血が上った気がした。 衝動のまま二人の間に割り込み、天女に手を掴む。 「すみませんねー、天女サマ。こいつに触らないでもらえませんー?」 怒りを抑えられない間延びした声に、背後にいる文次郎が「伸君」と呟いた。思わず愛称で呼んでしまうほど追い詰められていた幼馴染みに、ごめんと矢羽音を飛ばす。 〈遅くなってごめん、もう大丈夫だからな文次郎〉 手を掴まれ目を丸くする少女が、伸一郎を見る。 その濁った目に、伸一郎は吐き気を覚えた。掴んでいる手も腐る気がして乱暴に振り払う。 「汚されたくないんで」 〈俺が、守るから〉 矢羽音と同時に、少女に向けて暴言を吐く。 それに、横で見ていた仙蔵と三木ヱ門の肩がピクリと震えた。周りの野次馬達から殺気が沸き立つ。 だが少女はどう勘違いしたのか、可笑しそうにコロコロと笑った。手で口元を隠し目を猫のように細める。 「学園一忍者している男のくせに、モブにまでこんな風に思われてるなんてウケる……!」 「そっすかー、俺達失礼しますねー。これ以上は目も腐るんでー」 「ん、バイバイ。有り難う」 「あっ、立花と田村、学園長が今すぐ来いってー。食べる前に行くのをオススメするよー」 軽く少女を無視し、伸一郎は仙蔵と三木ヱ門に逃げ道を用意する。生贄として少女に差し出してもいいのだが、それをすると文次郎に怒られる気がした。 文次郎の手を掴み早足に歩き出す。 「学園長の呼び出しなら仕方ない、行くぞ田村」 「はい」 仙蔵と三木ヱ門もチャンスを逃さず、理性を総動員させて二人の後に続く。少女は不満そうに唇を尖らしたが、「仕方ない」と諦めた。 「また後でね。仙蔵、三木ちゃん」 少女の声が耳障りで気持ち悪い。ギュッと握り返された手に、伸一郎は力を込めた。 20121113 prev 栞を挟む next [目次 表紙 main TOP] ![]() |