【第零話】 「ギンギーン!」 聞こえて来る鳴き声もどきに、松平伸一郎は今幼馴染みが気合いを入れようと必死になっていることに気付いた。窓からグランドを見下ろしその姿を探す。六年生の中でも『天才』と称される五人に混じりバレーをしていたので、直ぐに見つけることが出来た。 頬杖をつき眺める。相変わらず目の下に鎮座する隈は、五徹以上したのだろうか何時もよりも濃い。その状態でバレーをするのだから、彼の甘さには呆れたものである。 「文ちゃん、ちょっとは休まねえとまたぶっ倒れるぞー」 小声で呟く。周りにいるクラスメイトにさえ届かないそれは、幼馴染みにも当然届かない。 なのに、振り向いてくれるのではと一瞬期待したのは何故だろうか。 馬鹿馬鹿しいと首を振り焦燥感を振り払う。幼馴染み――潮江文次郎は学園一忍者をしている男と周りに評価されているが、遠く離れた場所で呟かれた言葉を聞き取れるほど地獄耳ではない。野生児であり暴君と呼ばれる七松小平太なら有り得そうだが。 (ああ、でもそういや、誰かが『潮江は地獄耳だよな』とか言っていたような気が……) ふと、以前聞いた噂を思い出した。地獄耳ではなく鍛練の成果なのだが、それを理解している人は少ない。 (文ちゃんって、誤解受けやすいタイプだよな) それから芋づる方式で、文次郎に関するいわれない評価が脳裏を飛び交う。 憐れだと思う。五人とは違い『天才』でない彼が必死に努力して手に入れたそれを誤解され、不当な評価を受けるのが。もし己が彼の立場だったら、発狂しているに違いない。 (なんで文ちゃん、平気な顔してられんだろ……) 幼馴染みの考えが分からず、伸一郎は顔をしかめる。 同じ村で育ち一緒に学園の扉を叩いたが、クラスが分かれたことで自然と離れるようになった。文次郎の周りに近寄りがたい天才達がいたので伸一郎も話し掛けられず、文次郎もまた人目のつく場所で話し掛けてくることはなかったので、周りは二人が幼馴染みだということを知らない。今更公言するのも恥ずかしいので、学園内では他人の振りをしている。 だからと言って、仲が悪くなったわけではない。人目のつかない場所なら幼馴染みに戻るし、共に町に出掛けたこともある。 文次郎を一番理解しているのは己だと、伸一郎は自負している。故に彼の考えが分からないことが腹立たしかった。 「分からないことがあれば、観察するべし」 一度気になればとことん調べ尽くさないと気が済まない。 伸一郎は幼馴染みの考えを知るべく、彼を観察することにした。 20121023 prev 栞を挟む next [目次 表紙 main TOP] ![]() |