「やっべー、見失ったし……」 留三郎達を追い掛けていた伸一郎は、その姿を見失い途方にくれていた。伊作達だと不運に巻き込まれるかもしれない、と長次の背中を追ったのが間違いだった。そもそも、暴君と渡り合える程の身体能力に追い付けるわけがない。 ガリガリと頭を掻き、その場にしゃがみ込む。 「文ちゃーん……」 自分でも情けないと思うほどの声が出た。バカタレ、と呆れたようにする幼馴染みの姿が容易に想像出来る。 (ああ、文ちゃんならきっと『他人の言葉なんか気にすんな』って言うんだろうなあ) そして「天女サマに会ったら駄目だ」と忠告する己に対して言う言葉も予想する。 余りの衝撃に忘れていたが、文次郎は少女の言葉に傷付くわけがなかった。それは幼馴染みが図太いわけではない、寧ろ繊細な部類に入る。 文次郎は『他人』に対しては恐ろしい程無関心無頓着になるのだ。 ここでいう他人とは『感情を向けるに値しない者』を指す。好意は勿論のこと、憎しみ・怒り・敵意等の負の感情を向ける者もこれに該当しない。 故に文次郎は初対面の人には愛想が悪い。それはつまり『愛想をよくする必要がない』と思っているということになる。 間違いなく天女と呼ばれる少女も『他人』にカテゴリされるであろう。少女が学園に害成す存在だと認識されるか、限りなく可能性は低いが文次郎が少女に好意を持たない限り。 (でも文ちゃん、俺嫌な予感がするんだ) しゃがみ込んだまま空を見上げる。日は傾き茜色に染まっていた。もうそろそろ夕食時なので、腹をすかせた忍たま達がおばちゃんの美味しい料理を求めて食堂に向かっているだろう。 そこに、少女はいるのだろうか。否、絶対にいるだろう。思い出したくもないが、少女は伊作達にむけて食堂に行く旨を言っていた。 (行くなよ、文ちゃん。食堂に行ったら駄目だ) ザワリと胸にざわめきが生じる。それに急かされるように立ち上がり、伸一郎は文次郎を探し出す。 (あれと会ったら、文ちゃんが) 音を立てないよう気をつけながら走る。どこにいるだろうかと考え、やはり食堂が一番可能性が高いということに行き着いた。 唇を噛み締め足を食堂へと向ける。 (今までの中で一番、傷付けられる気がするんだ) どうか、どうか食堂に向かっていませんように。ただただそれを願いながら、伸一郎は食堂へと急いだ。 20121110 prev 栞を挟む next [目次 表紙 main TOP] ![]() |