三木ヱ門曰く、天女と呼ばれる少女は『暑苦しいだけで何の取り柄もない鍛練馬鹿な老け顔男』が大嫌いらしい。

「むう、ならば仕方ないな」
「なんで納得するんですか!」

 思わず納得した文次郎に、ガオウと三木ヱ門が吠えた。だってなぁ、と頬を指で掻きながら仙蔵を見る。

「正しく俺だと思わないか?」
「そうだな。『暑苦しい鍛練馬鹿な老け顔男』な所はあっている」
「だろう?」

 部分的な同意を貰えたので、改めて文次郎は三木ヱ門と向き合った。仙蔵に殺気を飛ばし睨みつけていた三木ヱ門は、文次郎の目が真剣であることに気付き居住まいを直す。

「三木ヱ門」
「はいっ!」
「ハッキリ言おう。俺は天女とかいう女に嫌われていようが構わない、なぜならどうでもいい存在だからだ」
「然しっ……!」
「言いたい奴には好きなように言わせておけ。それにな」

 余程少女が文次郎のことを悪く言ったのが嫌なのか、三木ヱ門は納得がいかないと云った表情を浮かべている。それが伸一郎と重なって見え、文次郎は無意識に笑みを零した。
 先輩想いの後輩の頭に手を乗せ、わしゃわしゃと撫でてやる。

「お前達に嫌われることの方が、よっぽど堪えるんだ」

 厳しく接しているというのに、文句を言いながらも着いて来てくれ、己のことを悪く言われたことに傷付き涙を流してくれる後輩がいる。これを幸せと呼ぶ以外に何かあるだろうか。

「有り難うな、三木ヱ門。先のお前の言葉、嬉しかったぞ」

 照れよりも幸福感の方が勝りすんなりと出た言葉に、三木ヱ門は数回瞬きをした。次いで、ジワリとまた目を潤ませ文次郎に飛び付く。

「潮江先ぱーい!」
「ったく。泣いてばかりだな、お前は」

 今度は嬉し涙を流す後輩を受け止め、ポンポンと頭を数回叩いてやる。
 それを羨ましそうに見ていた尾浜が、我もと手を挙げた。

「潮江先輩! 俺も先輩の悪口言ってるの聞いてムカつきました!」
「……それで?」
「俺にも頭ポンポンしてくださいお父さん!」
「誰がお父さんだ!」

 目をキラキラ輝かせる尾浜に、文次郎はツッコんだ。だが鉢屋がそれに便乗して声を高らかに上げる。

「お父さん私にもやって下さい!」
「鉢屋お前わざとだろうが!」
「ああ、三郎ずるい! 父上俺もー!」
「誰が父上だ八左ヱ門!」
「あっ、その、おっ、俺もお願いしたいです、父うっ、じゃなくてお父さ、じゃなくて」
「兵助、お前もか……!」

 本気でおねだりしてくる竹谷、控え目ながらも父と呼ぼうとする久々知に文次郎はこめかみを解す。
 恐らく彼等が所属する委員会に六年生はいない為、甘える三木ヱ門に感化されたのだろう。唯一六年も所属している図書委員の雷蔵は微笑ましそうに仲間達を見ている。
 ああ仕方ない、と文次郎は近くにいた鉢屋の腕を掴み引き寄せた。うわっと体勢を崩す鉢屋の頭を乱暴に撫でる。

「仕方ねえ、頑張った褒美として撫でてやる!」
「えっ、ええっ、先輩、まさかの私からって」

 最初にされるとは思わなかったのだろう、面食らった表情を浮かべる鉢屋にニッと笑いかけ、三木ヱ門にしてやったようにポンポンと数回叩いてやる。
 それを見た雷蔵を除く五年が、わっと文次郎の周りに集まった。

「父上、次は俺で!」
「何言ってんだよ八、俺が最初に言ったんだから次は俺だろ!」
「俺は最後でいいです父上」

 わちゃわちゃと文次郎に群がる五年の姿に、滝夜叉丸と綾部は羨ましそうな表情を浮かべた。
 綾部はチラリと仙蔵を見、様子を窺う。それに気付いた仙蔵は苦笑を浮かべ、綾部を手招きする。

「おいで、喜八郎」
「はーい」

 呼ばれ、ポワッと嬉しそうな表情を浮かべた綾部は仙蔵の元に行く。
 仙蔵の手が綾部の頭を撫でた時、ガラリと障子が開けられた。

「お帰り文次郎ー! 待ってたぞー……って、うん?」

 足が速い為先に部屋に着いた小平太が、文次郎達を見て首を傾げた。委員会の後輩を見れば、目をキラキラと輝かせて己を見ている。

「七松先輩、その……」
「んー、なんだ滝、皆で撫でっこしているのか? よし、ならばわたしも撫でてやろう!」
「っ、はい!」

 よく分かっていないが取り敢えず真似て滝夜叉丸の頭を撫でる。ねだる前にしてもらえたので、滝夜叉丸も嬉しそうに笑う。

「……これ、は……?」
「中在家先輩」

 次に部屋に着いた長次が、不思議な光景に首を傾げた。だが何と無く雰囲気を読み、駆け寄って来た雷蔵の頭を撫でる。
 フワリと雷蔵の顔が嬉しそうに綻んだ。

「あれ、皆なにしてるの?」
「何だなんだあ?」

 不運に見舞われた伊作とそれに巻き込まれた留三郎が遅れて到着し、先輩に甘える後輩の図に首を傾げた。
 クスクスと笑いながら、タカ丸が二人の疑問に答える。

「文次郎君の言葉が嬉しくて、羨ましかったんだよ、皆」
「文次郎の?」
「あいつ何か言ったのか?」
「うん、さっきね」

 先の優しく温かい言葉を思い出し、タカ丸もふと久々知の頭を撫でたくなった。だが一応年上だが学年的には下である己に子供扱いされては彼も微妙な気持ちになりそうなので、『お父さん』の文次郎に譲ることにする。

「お父さんは皆のことが大好きだって」

 かなり曲解した言葉に伊作と留三郎は目を丸くし、「こらタカ丸嘘つくな!」と久々知の頭を撫でながら文次郎は叫んだ。

20121109
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