一方その頃伸一郎は、自室に戻る途中でクラスメイトに捕まり会話に花を咲かせていた。否、一方的に咲かされていた。

「でな、天女様が凄く可愛くてな!」
「あー、うん、そう」
「天女様以上に可愛い人なんてこの世に存在しないんだろうってくらい可愛くて!」
「へー、あー、うん、文ちゃんが世界一だと思うけどなー」
「何か言ったか?」
「べっつにー」

 さりげなく主張しておきながらはぐらかすと、クラスメイトは訝しそうにしたが直ぐに蕩けるような表情で天女の話を続けた。
 右から左へと聞き流しつつ適当に相槌を打つ。正直話の半分以上が理解出来ていない。

(天女サマが超可愛いってしか分かんねー、つか言ってねーなこいつ。あーあ、文ちゃんに着いていけば良かった)

 明後日の方を見てながら肩を下ろす。クラスメイトは夢中になって話しているので、気付かれることはない。
 ひたすら天女を褒めたたえるクラスメイトにいい加減痺れを切らした時、ざわめきが生じた。
 天女様だという声が何処からか聞こえる。瞬間、クラスメイトは話を止め伸一郎の背中を勢いよく叩いた。

「やったな松平! 天女様と会えるぞ!」
「あー、うん。背中痛い」
「さあ行こうぜ!」

 腕を掴まれズルズルと引きずられていく。断ろうとした伸一郎は面倒臭くなり、大人しく引きずられる。

(こいつ、こんなんだったっけ? いや女に飢えてたのは確かだったけど)

 いやにテンションが高いクラスメイトに、ふと疑問を抱く。だが考えても無駄なので直ぐに思考を放棄した。
 クラスメイトの歩みが止まったので、体勢を整える。ほらあれと指差された方を見、キョトンと目を丸くした。

「あれが、天女サマ?」
「そうそう! 可愛いよなー!」
「……可愛い?」

 目にハートマークを浮かべるクラスメイトに、伸一郎は首を傾げた。
 天女と呼ばれていたのは、小さな少女だった。クリリとした目は大きく丸く、桃色の唇は艶がありプルンとしている。肌は白く遠目から見てもきめ細やか。髪は美しい濡れ羽色で動く度にサラサラと揺れ動いている。小動物を連想させる位小柄だが、凹凸はハッキリとしている。
 確かに可愛いと呼べる容姿である。騒ぐのも納得の愛らしさだ。
 然し。伸一郎は天女を見て顔をしかめる。

(えー、何かすっげえ不自然。可愛いどころか気持ち悪いとしか思えねえ)

 奇しくも伸一郎は文次郎と同じ評価を下した。
 見ていても吐き気がするだけなので、クラスメイトが天女に夢中になっているのを良いことに、黙ってその場を離れようとする。

「あっ、松平だよね!」

 だが声高に名を呼ばれ、足を止めざるを得なかった。
 聞き覚えのある声にげっと顔をしかめつつ振り返ると、クラスメイトの伊作が顔を輝かせて駆け寄って来ていた。その後ろには同じくクラスメイトの留三郎、ろ組の小平太と長次がいる。
 あっという間に四人に詰め寄られ、伸一郎は後ずさった。

「確か文次郎と忍務に出てたよね!? 文次郎は!?」
「さっき立花に連れてかれ――」
「仙蔵だね! よし行こう!」

 最後まで聞かず、伊作が廊下を駆け出した。それにイケイケドンドンと小平太が、もそっと何かを呟いた長次が続いていく。
 ええっ、と伸一郎は焦った。その耳に甲高い声が届く。

「あっ、伊作達どこ行くのー? 一緒に食堂行こうって言ったのにい」

 ゾワリと産毛が総立つほど甘ったるい声だった。ねっとりとこびりつくかのようなそれに、伸一郎は思わず腕を摩る。
 考え無くても分かるその声の主。最後に駆け出した留三郎が振り返らず、声の主――天女に言い放つ。

「悪いが文次郎が先だ!」
「まぁた文次郎?」

 如何にも不愉快だと言わんばかりに呟かれた幼馴染みの名に、伸一郎は振り返る。
 天女は不満を隠さず顔に出してた。形の良い唇から、甘すぎて不味い砂糖菓子のような声が零れる。

「何で文次郎なの? あんな暑苦しい老け顔男なんて、放っておけばいいのに」

 不愉快極まりない声が、幼馴染みを罵ったと気付いたのは三拍後。その一拍後、伸一郎は何も考えず走り出していた。
 伊作達が去って行った方にへと。

20121108
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