四年生は個性を存分に出しながら訴えてきた。

「『私の為にたくさん掘ってね』って煩いんですよー。それにあっちが勝手に落っこちてるのに、こっちが取り巻きに怒られますし」
「私の方が美しいというのに、あの人『私が一番可愛いって皆に言われるんけど、本当かな?』って遠回しに自慢して、私に同意を求めてくるんです! 酷いですよね!?」
「『私専属の髪結いになって』って毎日言われるんだよねー……。くの一教室に行こうとすると邪魔してくるから困ってるんだ」
「潮江先ぱぁぃい!」
「……取り敢えず三木ヱ門は泣き止め、なっ?」

 三木ヱ門に至っては訴えになっていなかった。
 五年生は疲労を全面に押し出して訴えてきた。

「飼育小屋に勝手に侵入して、動物達にストレスを与えていくんです。前なんか孫兵の前でジュンコを怖がって石投げたし……」
「図書室に飲食物持ち込んで騒ぐんです、あの人。中在家先輩と注意しているんですが、聞いてくれなくて……」
「授業中に乱入してきて『豆腐の話をしよう』って言ってくるんです。確かに豆腐は大好きですが、授業を中断させてまで語ろうとは思えません」
「お菓子をくれるのは嬉しいんですけど、でも大好きって訳でもないので断る時もあるんですが、何か勘違いしているらしく『勘ちゃんお菓子大好きなんでしょ? 遠慮しないでいいよ』って無理矢理押し付けてくるんですよねー」
「私の素顔を暴こうとするんですよ、あの天女サマ! 雷蔵にさえ見せたことがない私の素顔を! それでさえ許せないのに雷蔵にベタベタセクハラするんですよどう思いますか許せませんよね!?」
「……取り敢えず鉢屋、その顔で詰め寄らんでくれ気持ち悪い」
「先輩のイケズ!」

 鉢屋だけが疲労ではなく怒りの訴えだった。
 何故か後輩の話を一人ずつ聞く羽目になった文次郎は、溜息を吐くのを堪え仙蔵と向き合う。
 残り一人となった仙蔵は、待ってましたとばかりに口を開いた。

「どうもあの天女サマは私をお気に召しているみたいでな、お前が不在と知るや否や私と同室がいいと言ってきたのだ」
「……それは困るな」
「ああ、全くだ。確かにギンギンと煩く暑苦しいお前が何故同室になのかと先生方を恨んだこともあったが、得体の知れない者と同室になるよりかはよっぽどましだ。だから私は丁重に断った」
「……ああ、うん、もういい。で?」
「その時は人の目があったからか、大人しく引き下がってくれたのだが……。その夜部屋に侵入してきて『寂しいから一緒に寝よう』と夜這いをかけてきたのだ。次の日、お前の持ち物一式を取り巻きによって別室に移された」
「はあ!?」
「だが安心しろ、取り巻き達には私が報復しておいた。移された物は長次と小平太が部屋に戻している」

 褒めろと言わんばかりに胸を張る仙蔵に、文次郎は空気を呼んで礼を言った。
 勝手に部屋を移されるのは癪だが、そうなったら伸一郎の部屋に泊まり込めばいいかと思ったことは秘密である。もしかすると同室になれるかも、と一瞬期待したことは絶対に悟られてはいけない。
 悟られたら最後、宝禄火矢が襲うだろう。誰に、とは言わずもがなだ。
 鉢屋が「潮江先輩、私達の時よりも親身になって聞いてますね」と不満げに呟いたのは聞こえなかったことにする。

「それで、他にも何かされたんだろう?」
「ああ。全く忌ま忌ましいことに、あれは私と行動を共にしようと纏わり付いてくるのだ。何の術を使っているのか分からんが、あれを目の前にすると思考回路が回らなくなり私らしくない行動を取ってしまう。くうっ、忌ま忌ましい。文次郎! 早くあの女を何とかするのだ!」
「だから何で俺なんだよ! 俺よりお前の方がこういうのは適任だろうが!」

 ビシッと指差され命令されたので、思わず中腰になり反論する。
 中腰で留まったのは、未だ三木ヱ門にしがみつかれている為だ。滝夜叉丸とタカ丸が三木ヱ門をチラチラと見ている。

「仕方ないだろう! 先も言った通りあれは変な術を使っているのだ! それさえなければ当の昔に学園から追い出している!」
「変な術ぅ?」
「あー、はいはい。それは僕が説明するよー」

 不思議な言葉に訝しがると、タカ丸が手を挙げた。同い年だが途中編入の為四年生である髪結いの天才は、少し困ったように笑いながらあのね、と説明する。

「天女サマの近くにいると、頭の中がクラクラするんだ。そしたら勝手に身体が動いて、天女サマの望む通りにしそうになっちゃうんだよ」
「何……?」
「『負けないぞ!』って気を確かにしていれば少しは大丈夫なんだけどね、でも僕は何回か気を抜いちゃいそうになっちゃって……」

 頬を指で掻きながら、タカ丸はトホホと落ち込んで見せた。
 文次郎は眉間に眉をひそめ、目を細めた。おいその天女とかいう女、と想像以上に低い声が出る。

「学園に侵入してきたどっかのくの一じゃねえか?」

 怪しげな術を使う女。少女は天女でない、が文次郎の中でいつの間にか前提となっていた為、『天女の力』ではなく『くの一の術』が真っ先に思いついた。
 だがそれを、久々知が否定する。

「それがどうも違うんです、先輩」
「何だと?」
「確かに変な術を使っているのですが、それ以外は一般人と変わらないんです。それが演技ではなく素であると、六年の先輩方と三郎が判断しました。俺達から見ても、あれを演技でしているとは到底思えません」

 真剣な表情でそう言う久々知に、他の者達も頷き同意する。

「文次郎、それがあれを天女でないと断言出来ない理由の一つだ」

 仙蔵が忌ま忌ましげに舌打ちする。
 これは参ったな、と文次郎は顔をしかめた。六年生は勿論、変装が得意な鉢屋の目も確かである。それを一蹴しくの一だと断言することは難しい。何より、この目で確かめないことには何とも言えない。
 然し。文次郎は目を伏せる。

(何故だ? 何故こんなにも、天女という女に会ってはいけないと思うんだ?)

 ざわりと胸がざわめく。
 何時もならば報告を終えた時点で、少女を見に行っていただろう。そして己の目で確かめてから、仙蔵の話を聞き判断するはずだ。
 だがそれを今していない。こんなにも後輩達から話を聞いているというのに、身体が動こうとしないのだ。
 会いに行ってはいけない。会ってはいけない。見てはいけない。
 何かが身体の内でそう警告し、行動力を抑えている。
 それが忌ま忌ましい、見ないことには何も始まらないというのに。それでも動かない身体に舌打ちを打つ。

「その術の範囲はどれくらいなんだ?」
「正確には分かりませんが、天女サマの視界に入る範囲内だと推測しています」
「それと天女サマ、術をかけるのは私達にだけなんですよ」
「……つまり『お気に入り』を侍らせる為にってことか」
「流石先輩、だいせいかーい! というわけで、どうして私達が先輩を頼りにするか、もうお分かりですね?」

 パチパチと手を打ちながら、鉢屋はニヤリと口角を上げた。
 ああと文次郎は頷き肯定し、中腰のままだったので座り直す。

「お前達『お気に入り』の共通点は顔がいい。天女って女は面食いだ。――で、普通以下の俺は『お気に入り』じゃないから、天女から逃れることが出来ると」
「大方その通りだ、文次郎。一つ違うとすれば、お前の顔は老け顔ということだな」
「悪かったな、老け顔で」
「でもそれだけじゃないんですよ、先輩」
「うん? どういうことだ?」

 鉢屋の言葉に首を傾げる。
 と、今まで文次郎にしがみつき泣いていた三木ヱ門が勢いよく顔を上げた。「潮江先輩!」と目を真っ赤に腫らして詰め寄って来たので、思わず後ろに後ずさる。

「私はあの天女という女を絶対許しません! 例え先輩に言われてもです! 私だけではありません、会計委員会皆がそう思っています! 私達の委員長は貴方だけなんです!」
「みっ、三木ヱ門?」
「確かに先輩は厳しいです! でもその分だけ優しいことも私達は知っています! でなければ今頃ボイコットしていますよ! 先輩は学園の星なんですスターなんです!」
「三木ヱ門、意味が分からないんだが」
「――あの女、先輩をばかにするんです許せません!」

 キーッと床をバンバン叩きながら叫ばれた言葉に、文次郎の思考は一瞬停止した。
 三拍後、顔だけを仙蔵に向け問い掛ける。

「その天女って女、俺の知り合いなのか?」
「私が知るか」
「だよな。ちょっとあいつに聞いてくる」
「いや待て文次郎。言っただろう、天女サマは『私達を見ていたから知っている』のだと」
「……するとあれか? 俺は会う前から、その天女って女に馬鹿にされているということか?」

 思わず半目になった文次郎に、その場にいた全員が首を縦に振った。

20121107
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