報告をし終え庵を出たと同時に、文次郎は止めていた息を吐き出した。その場にしゃがみ込み何度も呼吸を繰り返す。
 酷く甘い香りに、文次郎の頭は始終クラクラとしっぱなしだった。あれは何だったのだろう、と朦朧とする頭の片隅で思う。

「文ちゃん?」

 伸一郎がそれに不思議そうな顔をする。どうやら幼馴染みはあの甘い香りを嗅いでも平気だったらしい。
 文次郎は顔をあげ、伸一郎に問い掛けようとした。だが突如として頭の中に靄がかかり、言葉を見失う。

「伸、君……」

 何を、聞こうとしているのだ。報告の為に入って、それで、己は、何に気付いた?

「……文次郎?」

 ゴオォオオン、と鐘の音に似た音が脳に反響する。その音で、霞が一気に取り払われた。
 ああ、そうだ。何もなかった。何時も通り学園長がいて、己達は報告を終え無事に忍務を果たしたのだ。

「いや、何でもない。呼んでみただけだ」

 何故か顔を強張らせている伸一郎に笑みを向け、立ち上がる。
 と、何故己はしゃがみ込みこんでいたのか疑問が浮かんだが、再びゴオォオオンとう鐘の音に似た音が脳に反響し、綺麗さっぱり消えてしまった。
 伸一郎から視線を反らし、待たせていた仙蔵を探す。同室者は曲がり角から顔を出し、文次郎を手招きした。
 何故あんなところから、と文次郎と伸一郎は顔を見合わせる。

〈文ちゃん、行くのか?〉
〈ああ、話を聞きたいしな〉
〈そっか。俺は一端部屋に戻るな〉
〈ああ、分かった〉

 矢羽音を交わし、じゃあなと互いに背を向ける。文次郎は仙蔵のもとに、伸一郎は自室へと向かった。


*-*-*-*


 如雨露から出る水が太陽の光に反射し輝く。綺麗なそれに、フンフンと思わず鼻歌を。

「早く咲いてね、私のお花さん」

 ああ、まだ咲かないのかしら。私の綺麗な綺麗なお花達。早くその可愛い桃色の花びらを咲かせ、甘い甘い蜜を垂らしておくれ。
 歌うようにそう言うと、まだ花を咲かせていない蕾が答えるように揺れ動いた。


*-*-*-*


 仙蔵に連れて来られた場所は、三年長屋の使われていない一室だった。
 訝しつつも仙蔵の後に続き中に入る。その瞬間、身体に何かがぶつかってきた。

「潮江先ぱぁい!」
「三木ヱ門?」

 ぶつかってきた人物――会計委員会の後輩田村三木ヱ門を受け止め、文次郎は何故ここにいるのか聞こうとし、ふと後輩が泣いていることに気付いた。
 抱き着き幼い子供のように泣く三木ヱ門の頭を撫で、どうしたのかと比較的優しい声で尋ねる。だが三木ヱ門はグスグスと己を呼びながら泣くばかりで答えようとしない。否、泣いているせいで答えられないのだろう。
 途方に暮れた文次郎は、助けを求め仙蔵を見た。だが肩を竦めるだけで、助けようとはしない。

「仙蔵」
「まあいいから座れ、息子は膝の上にでも抱えればいい」
「息子じゃなくて後輩だ」

 ポスポスと隣を叩く仙蔵に一つ息を吐き、言われた通り座る。三木ヱ門は抱き着いたまま文次郎の真っ正面に座った。
 宥めるようにその頭を撫でながら、文次郎は周りを見渡す。

「それにしても、珍しい面子だな」

 入る前から複数の気配を感じていたので、部屋の中に人がいたことに驚きはない。だがその面子には多少なりとも驚いた。
 三木ヱ門とよくつるんでいる四年の平滝夜叉丸、綾部喜八郎、斉藤タカ丸。そして五年の久々知兵助、尾浜勘右衛門、不破雷蔵、鉢屋三郎、竹谷八左ヱ門。
 六年生の姿は仙蔵以外にない。長次や小平太に至っては委員会に所属する後輩達が揃っているのに、と文次郎は不思議に思った。

「さて、と。六年はいないがまあいいだろう」

 その場を仕切るように仙蔵が言う。文次郎は黙ったまま続きを待つ。

「文次郎、お前に話してやろう。天女サマについてな」

20121105
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