気付いたら自室にいた文次郎は、壁に背を預けボンヤリと天井を見上げた。手を持ち上げ、目を覆う。その手は初めて、幼馴染みを拒絶したものだ。 『だったら俺は、どうなるんだよ。お前を心配している俺は、どうなるんだよ……!』 どうして言ってしまったのだろう、と後悔に見舞われる。 言うつもりは無かった。あの感情は己の中にしまい込み、表に出す予定はなかった。 『何でだよ! 何でお前はそうやって、自己犠牲しかしようとしねえんだよ! 俺が傷付かねえとでも思ってんのか!?』 なのに言ってしまったのは、伸一郎の言葉に堰が切れてしまったから。 唇を噛み締め、膝を抱え込む。目をきつく閉じていないと、何かが溢れ出しそうだった。 『文ちゃん』 後輩を庇い背に刃を受けた瞬間、伸一郎の顔と声を思い出した。その瞬間生きる力が湧き、朦朧とする意識の中袋鎗に手を伸ばし夢中で襲ってきた男と対峙した。 その時に受けた傷は伊作曰く、生きているのが奇跡だったらしい。それを聞いた仙蔵と留三郎、小平太の顔が見る見る間に青ざめていったので、可笑しくなり笑ってしまった。長次は何時も通りの無表情だったが、手が震えていたので内心動揺していたのかもしれない。 死に打ち勝った文次郎は、それを伸一郎のお陰だと思った。出掛ける前にしたあの約束が、遠い遠い昔の約束が、己の魂を引き留めたのだと。 だから五人の意識が己から逸れた瞬間を見計らい、医務室を抜け出した。鍛練したかったのもあるが、それ以上に伸一郎に会いたかった。 『文ちゃん、約束な』 それなのに、喧嘩をしてしまった。心配してくれている伸一郎に、余計なことを言ってしまった。 ただ、有り難うと言いたかっただけなのに。 『俺達、ずっと一緒にいような』 「伸、君……」 昔封印した愛称を呟き、膝に顔を埋める。 文次郎が脱走したことに気付き探し回る五人に見付けられるまで、文次郎はただ部屋の隅で一人涙を堪えていた。 20121104 栞を挟む next [目次 表紙 main TOP] |