天部に住み、天帝に仕える容姿端麗な女性――天女。羽衣を身に纏い空を飛ぶと伝えられている伝説上の存在である。
 一部地方では、小雨を降らし男性の命を奪う存在だと語られているが、一般的には何の力も持っておらず水浴びなどをするために地上に舞い降りて来るだけの、さほど人と変わらない存在であるとされている。

「――が、俺の知っている『天女』なんだが、そうではなく『天女のような女』なのか?」

 潮江先輩お帰りなさい、と遠くから叫ぶ様にして声をかけてくる後輩に手を振り返しながら、隣を歩く仙蔵に問い掛ける。
 仙蔵は首を横に振った。それに、早く報告しに行かないといけないと分かっていつつも、つい歩調を緩めてしまう。

「私達が中庭でバレーをしていた時に、空から降ってきたんだ。伝説でも伝えられている羽衣を身に纏ってな」
「羽衣か……。それ以外に怪しい所は無かったのか?」
「南蛮人が着るような服を着ていたぞ。羽衣はその上に羽織っていたな」
「……ねえ文ちゃん、天女って南蛮人だったっけ?」

 仙蔵とは反対側の隣にいる伸一郎の質問に、文次郎はさあなと興味なさげに返した。
 事実天女の服装に興味などない。文次郎にとって重要なのは、その天女と呼ばれる女が学園に害成す存在か否かなのだから。

「その天女は今どうしている」
「学園長のお計らいにより、事務員として働いている。正確にはお手伝いさんだな」
「……学園長はここに住まわせるのを認めたのか?」
「ああ、それも忍たまの長屋、私達の部屋の隣にだ。全く、迷惑この上ない」

 ムスリとした仙蔵に、何と無く文次郎は不機嫌の理由が分かった気がした。
 この男の見た目は大層麗しい。恐らく天女にも気に入られ、迫られているのかもしれない。
 伸一郎もそれに思い至ったのか、ニヤリとあくどい表情を浮かべた。からかう気満々のそれに、文次郎は止めろと肘で小突く矢羽音を飛ばす。

〈余り仙蔵をからかわないでやってくれ、これ以上は洒落にならん〉
〈へいへい。にしても文ちゃん立花に甘すぎ、俺超嫉妬ー〉
〈バカタレ、俺はお前を一番甘やかしているだろうが〉
〈……どうしよう、本気で照れる〉

 本気かわざとか、薄らと頬を赤らめ恥じる様子を見せる伸一郎に、文次郎は若干引いた。気付かれないよう距離を取り、仙蔵に話しの続きを促す。
 仙蔵は伸一郎をゴミを見るかのような目で一瞥した後、声を落として話す。

「天女はお前が学園を去った後に現れた。先生方に気に入られ、その容姿に魅了された馬鹿共に敬われている。本物の『天女』だと思われているぞ」
「仙蔵、お前はどう思っている」
「……偽物だと言い切れない面が幾つかある。だがもしあれが本当に天女ならば、くのたまも天女になれるであろうな」

 意外な言葉に文次郎は内心動揺した。偽物だと言い切るとばかり思っていたからだ。
 学園一クールと称される仙蔵は、常に物事を一歩引いた所から観察している。その男に言い切れないと言わしめる程、女は演技に長けているのだろうか。
 決して本物の天女だとは考えていない文次郎の腕を、恥じるのを止めた伸一郎が掴み引き止める。
 バランスを崩したが直ぐに整えた文次郎はどうしたのか聞こうとし、目的地に着いていることに気付いた。
 仙蔵に待つよう言ってから、伸一郎と共に中に入る。
 入った瞬間、文次郎は咄嗟に己の鼻を手で覆った。伸一郎が不思議そうな目を向けてきたので何でもないと返し、前を向く。

「六年は組松平伸一郎、六年い組潮江文次郎、只今戻りました」
「忍務の報告を致します」

 二人の帰還を待っていた学園長に、今回の忍務の結果を報告する。
 そこは、異様に甘い香りに包まれていた。

20121104
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