【第一話】 幼馴染みを観察することにした伸一郎は、文次郎達がバレーを止めたのを見届けた後井戸に向かった。身体を動かし汗をかいた度に、井戸の水で汗を流すことを知っているからである。 井戸に着くと、やはりと言うべきか文次郎が水を浴びていた。辺りを見渡し人がいないことを確認し、彼に近付く。 「よっ、バレーお疲れ様」 「……伸一郎」 労いの言葉をかけると、文次郎が目を丸くした。名前で呼んだので、文次郎が気付ける範囲内に気配はないのだろう。彼は他人の気配があると自覚の有無問わず他人の振りをする。 横においてあった手拭いと取り渡すと、文次郎は無言で受けとった。 「なんだ?」 「いんや、特に。七松達とバレーしてたのが見えたから来ただけ」 「見えたじゃなくて見てただろ」 「あり、バレてた?」 「お前の視線に俺が気付かないわけないだろ。で、わざわざ俺の所に来た理由はなんだ?」 サラっととんでもないことを言った文次郎は、先程よりも詳しく尋ねてきた。見ていた理由ではないので、そこはスルーするという意思表示なのだろう。 伸一郎は有り難くそれに乗っかり、いやねと口を開く。 「文ちゃんって汗かくと直ぐに水浴びるよなーって思ってさ」 「忍者に臭いは不要だからな」 予想通りの答えに肩を竦める。 忍者たる者、匂いを身に纏っていてはいけない。その為風呂にも毎日入るのだが、ギンギンに忍者をしている文次郎は小まめに流さないと気が済まないのだろう。 そのため彼に匂いはない。体臭もなく、どちらかと言えば水の香りがする程度だ。衣類も小まめに着替え洗濯しているので、同じく水の香りしかしない。 (でもこいつ、くのたまから『潮江先輩って何時も汗くさそう』って言われてんだよなー) だというのに、鍛練する姿ばかり見られているせいか文次郎はくの一達から嫌そうな目で見られている。実際彼は誰よりも清潔だというのに、だ。 もしも伸一郎がそのように誤解されたら、三日三晩泣き寝入りする自信がある。そして清潔ですよと自己アピールするに違いない。 なんでこいつは普通でいられるのだろうと、伸一郎は文次郎をジッと眺めた。 持って来た替えの制服に身を包んだ文次郎はそれに気付き、なんだと首を傾げる。 「言いたいことがあるならハッキリ言え」 「自分で答えを見つけたいから言わねーよ」 「ふうん、見つけられるといいな」 これが犬猿の仲である留三郎ならば取っ組み合いの喧嘩に発展していただろうが、相手は幼馴染み。文次郎は軽く受け流し伸一郎の肩を軽く叩いた。 そのままその場を立ち去る背中を見つめ、伸一郎はポツリと呟く。 「水の香りって、匂いに入るんじゃねえの?」 隣を通り過ぎる際フワリと感じた水の香りに、自然と笑みが浮かんだ。 20121024 prev 栞を挟む next [目次 表紙 main TOP] ![]() |