「信じていない訳ではない――少なくとも、この学園を救ったのはお前達だ」 六年生の中から、三年生に優しい声がかけられる。 それは少しも、慰めにならなかったが。 「『色狂い花』……聞いたことがない花だ」 「三年生も実際見たこと無いんじゃなぁ……」 「俺達が食わされたあの饅頭も、ただかなり不味かったからな可能性もあるし」 「なにより、あいつが簡単に攫われるとは思えねぇしな」 信じていない訳ではない、と言いながらも、上級生もまた疑念を払拭できていない。 信じる為に必要なものが欠けているからだという事は、嫌でも分かってしまった。 確かに、三年生達もまた、実際に見たわけではない。見たのはどこにでも生えていそうな根っこ位だ。 潮江文次郎が攫われたのだってそう。見たのは伸一郎ただ一人であり、文次郎を知る者からすれば信じがたい話だ。 それでも信じたのは、伸一郎と文次郎が必死になっているのを見ていたから。 この学園を救おうと――内一人は幼馴染の為だったが、我が身も顧みず走り回っていた。 だから、信じた。 何よりも、松平伸一郎の事を潮江文次郎が信じ、潮江文次郎の事を松平伸一郎が信じていたから――…… 「――そっか。潮江先輩じゃないと、いけなかったんだ」 ポツリと、孫兵が呟いた。 それにその場に居た全員の目が、彼を向く。 「潮江先輩だったら、きっと全員を説得できていた。全員じゃなくても、信じる人が多かったはず……それは、あいつらに不都合なことだったと思うんだ」 だから、潮江先輩を連れて行った。 元に戻った学園で、そのまま『ハッピーエンド』を迎えさせるために。 「僕達は、最後の最後まで手の平で踊らされていたんだ」 その言葉は推測にすぎない。 だが、限りなく真実に近いという事を、三年生は確信してしまった。 いやだ、と誰かが呟く。 それは三年生全員の気持ちで。叫びで。 「こんな結末、絶対嫌だ……っ!」 その叫び声に答えるように、庵の襖が勢いよく開けられた。 2017/03/02 prev 栞を挟む next [目次 表紙 main TOP] ![]() |