――天女と潮江文次郎が、学園から消えた。
 それが学園に広まったのは、少し前。時間にすると半刻も経っていないのだが、その話題を知らない者はもういないだろう。

 元通りになれば。特に操られていた上級生たちを元に戻せば。
 学園は元に戻され、かつての平和が戻ってくる。

 そう信じていたのに、この結末は一体なんなのだろうか。


【第九章】


「――捜索の人手が……」
「今学園を離れるのは……――」
「……潮江は一体……――」

 慌ただしい先生たちの声が、三年生の元にも届けられる。その姿は見えないが、近くにいるはずだ。
 生徒や教師を集める場でもある為広さはそれなりにあるが、己達以外にも五年生、六年生も揃って居れば、窮屈さを感じてしまう。
 それでも、ここを離れるわけにはいかなかった。

「――……して、どうするかのう」

 学園長のこの場に相応しくない、のんびりした声が響く。
 三年生が事情を話してから、初めて発せられた声だった。


 元に戻った先輩たちと喜びを分かち合っている最中、突然走り出した伸一郎の後を追いかけ、見失い、ようやく探し出した時――そこは一戦交えた跡地になっていた。
 巨大な何かが降って来たかのように大きく凹んだ地面に横たわる伸一郎。その意識はハッキリしており、憎悪の炎で燃え上がっていた。慌てて身体を起こした時に聞こえた言葉は、その場に居た全員を凍りつかせた。

『――文次郎が、攫われた……っ!』

 この事件を解決した二人の六年生の片割れである、恐らく誰もが認める実力を持つ忍たまの一人である文次郎が、敵に攫われた――。
 このことは直ぐに教師陣に知らされた。何名かはすぐに捜索に出て行ったが、事情を知るのが先だと、三年生は庵に連れてこられた。
 伸一郎は傷が酷かったため医務室に運ばれたため、本当に三年生だけが証言者になってしまった。それでも、と勇気を振り絞って六人で必死に話し……最上級生の、文次郎の重みを、思い知った。

『――その話、信じていいのか?』

 全てを話した後にポツリと呟かれたのは、疑念の言葉。
 本当だと主張する三年生は、突き付けられた現実に、言葉を失った。

 一部の上級生の除き、殆どの学園の人々は『危害』を加えられなかった。否、操られていたのは事実。確かに解放されたその瞬間は、天女に対する怒りがあったはずだ。
 然しながら、彼らはただ『天女』という存在を受け入れさせられただけだ。最初の方は取り巻きと化していた者達もいたが、一部の上級生が対象になった後は何時も通りの学園生活を送っていた。

 ――本当に、天女の裏で糸を引いている者がいたのか。
 ――その証拠となるものはあるのか。
 ――そもそも天女は一体何者だったのか。
 ――なぜ、潮江文次郎と松平伸一郎の二名のみ、術にかからなかったのか。
 ――潮江文次郎は本当に、攫われたのか。

 次から次へと浴びせられる疑問。それを満足させられるだけの答えを、三年生は出すことが出来なかった。話術が得意な伸一郎でも、完全には無理だ――彼は、教師陣からの信頼は厚くない。
 もしもここにいたのが潮江文次郎だったのなら、言葉巧みに説得できていただろう。六年間という重みと厚い信頼により、初めは疑問を抱いていてもそれを払しょくしていただろう。
 だが――今ここに、潮江文次郎はいない。
 それと同じことを、三年生は出来ない。
 もう一人の六年生も、同じだけの事は出来ない。

「どうして、信じてくれないんですか……?」

 誰からともなく呟かれたそれに、ひくりと、喉を鳴らす音が響いた。

2017/03/02
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