神様なんて、一度も信じたことなど無かった。
 信じるのは目に見えるものだけ。縋るのも目の前にいる人に。

 ――けれども、この時ばかりは、いるかも分からない神に、祈るしかなかった。


 体に巻き付かれている包帯を外す。幸い大きな怪我にはならなかったらしく、動きに支障はない。上から見えない重たい何かに押しつぶされたが、そこは配慮されていたのだろうか――それはそれで、腹立たしい。
 制服でもある忍服に体を通し、髪を結ぶ。かつて幼馴染と一緒に伸ばしていたそれは、最上級生に上がる少し前に幼馴染が切ったことで、己だけが長いままになった。
 身嗜みを整えた後、文机の上に置いていた紙を取り、医務室を出る。見張りを兼ねて残っていた一、二年生にはお茶と軽食を頼んで食堂に行っている為、誰も引き止める者もいない。
 妙な静けさに包まれている学園は、今どんな局面を迎え、どんな決断を下そうとしているのだろうか。
 少し前なら気になっていたそれが、今は全く気にならない。他人事のようにさえ感じてしまう。

「――お話の最中、失礼します」

 学園長の庵に着きその襖を開ければ、見覚えのある上級生や教師陣が集まっていた。その中で居心地悪そうに、しかし必死に大きくなろうとしている下級生の、親しくなった三年生の姿を見つけ、そっと目を細める。

「――なんじゃ?」
「……お渡しするものが出来ましたので」

 ごめん、と心の中だけで謝る。
 裏切る形になってしまって、ごめんと。

「俺は、俺の大切なものを守る為に、この学園に入った。俺の大切なものがここを大切にしていたから、ずっとここにいた」

 それでも、譲ることは出来なかった。

「――でもあんた達が切り捨てると言うのなら、もうここに留まる理由は無い」

 選ぶのは何時もただ一人、幼馴染だけだから。


「本日付けをもって、俺松平伸一郎は――自主退学させてもらう」

 声を、聞き逃してしまった。
 どんな時でも聞き漏らさないと約束していたのに、有頂天になっていたせいで、大切なものを取りこぼしてしまった。
 それならば、必要ない。
 守るために邪魔になるものなど、いらない。
 切り捨てて、身軽になろう。

「潮江文次郎は、俺が迎えに行く」

2017/02/27
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