幼馴染、との言葉に恋歌は目を丸くした。 原作である漫画の落乱、アニメの忍たまは全て網羅したが、そのようなキャラクターはいなかったはず。 己のような夢主でもいるのだろうか、と一瞬考えが脳裏を横切ったが、組織の言葉を思い出して否定する。 (そっか……ここは、私の知っている世界であり、世界じゃないんだ……) 漸く、そのことを実感する。 ここは恋歌の知る漫画そのものの世界でも、アニメそのものの世界でもない。それによく似た、けれど違う世界なのだ。 ストン、とその事実が胸に落ちる。今までなら受け入れ難く反発していただろうそれが、面白い程しっくりと収まっている。 「文次郎の幼馴染って、どんな人?」 「お前も会ったことがあるぞ。食堂で俺達が最初に会った時に、割り込んできた奴」 「……そんな人、いた?」 はて、と首を傾げれば文次郎が呆れた目を向けてきた。 あの頃は完全に夢の中の気分で、お気に入りのキャラクターの事しか見えていなかった。周りを取り囲むモブは云わば盛り上げ要員でしかなく、一人として気にも留めなかった。 文次郎はその『キャラクター』を嫌っていただけあり、食堂での出来事は覚えているが、割り込んできたモブ、つまり幼馴染のことは全く覚えていない。顔さえ浮かんでこない。 「……なんか、ごめんなさい……」 思わず謝罪すれば、溜息を返された。前なら苛立っていただろうそれに、今は申し訳なさしか浮かばない。 「あいつはさ、とんでもない女好きで、お調子者で、諦めが早くて、臆病で、すげー阿保」 「……言いたい放題ね」 そもそもそんな人種と付き合いがあることに驚きである。 潮江文次郎が一番嫌いそうなタイプなのに、と訝しがる中、「でもな」と文次郎がどこか嬉しそうに言葉を続ける。 「何時も周りのことを見ていて、口では好き勝手言いながらも気を遣って、心配症で、一度決めたことに対しては諦めが悪くて、照れ屋で、そんで何より――」 ふっと、文次郎の表情が和らいだ。遠くを見るその目は、幼馴染の姿を探しているのだろうか。 「――俺のことを、誰よりも理解しようとしてくれているんだ」 ――愛されているのだと、嫌でも分かった。 文次郎の目が、恋歌を映す。恋歌が何よりも欲している愛を、その幼馴染から一身に受けているのだろう彼のその目は、何故だかとても、優しさを帯びている様に見えた。 「あいつは必ず来る、俺を助けに。他の学園の奴らはどうか分からないが――あいつだけは、絶対に来る」 「……すごい自信ね。仙蔵たちも来ると思わないの?」 「忍びとして優先すべきは、学園の安全だ。わざわざ俺一人の為にここに乗り込んでくるのは得策とは言えない。何より、ここを探し当てられるかも分からん」 「……なのに、幼馴染は来るんだ」 「ああ、来るさ。あの阿保は、どんな手段を使ってでもここに来る」 「……いいなぁ……」 揺るぎない自信と信頼に、思わず本音を零す。 己には、こんなにも自信をもって愛されていると言える人がいない。 「――馬鹿たれ、お前も一緒にここを脱出するんだぞ?」 その本音を、文次郎はここから逃げ出せて羨ましい、という意味で受け取ったらしい。一々訂正するの面倒なので、恋歌は否定せず「私も?」と話を続ける。 「私が帰ったら、学園は大騒ぎになると思うけど……」 「それでもだ――お前が謝るべき相手は、そこにいる」 「……そう、ね……」 ああ、確かにそうだと納得する。 わざわざ嫌われに行くようなものだが、今までの事を考えると致し方ない事だ。 (――逃げられるとは、思わないけど……でも……) 組織が素直に文次郎と恋歌を逃がすとは思えない。寧ろここに来た忍たま達さえ捕らえて、彼らの言う実験道具にしてしまうかもしれない。 それでも、何故かはわからないが恋歌は大丈夫だという確信を持った。 この似ているようで似ていない世界の住民たちは、それでも恋歌の愛した世界と同じだから。 ――きっと、奇跡を起こしてくれるだろう。 2017/02/25 prev 栞を挟む next [目次 表紙 main TOP] |