正直に言って、彼に対してそこまでの罪悪感は覚えていなかった。 逆ハーと望んだ面子には、その心を操ったこと。 見向きもしなかった下級生に対しては、学園を混乱に陥れていたこと。 しかし文次郎には今まで邪魔ばかりされていたこともあり、羞恥心の方が強かったのだ。 「さあ、天女様。ここが土産置き場ですわ」 それが、ボロボロに崩れ落ちていく。羞恥心や怒り、敗北感、理不尽だと分かりつつも思わずにはいられなかったそれらが、音を立てて消えていく。 「なによ、これ……」 そこには、ボロボロになった文次郎がいた。 忍び服は無理やり破られ、見える肌には暴力の痕。顔にもつけられているそれらの中に紛れている、彼の心を徹底的に壊したであろう暴行の痕。手は頭上高くに鎖で縛られ、足には同じく足枷が嵌められ。 牢獄のように暗く、鉄格子の嵌められたその部屋の前で、恋歌は力が抜けたように座り込んだ。 「どう、して……」 「念のために、我々に関して気付いたことの確認を行ったのでしょうね」 「そんなの……ここまでする必要なんて……っ!」 「どこまで持ちこたえるか、身体的・精神的な頑丈さも図ったのでしょう」 それよりも、と女が不思議そうに恋歌を見る。 「天女様こそどうして、動揺されているのですか?」 「あっ、当たり前の事聞かないでよっ! 誰だって、こんなの見たら……!」 「ですが天女様、」 コテン、と女が首を傾げる。 「この子は貴方の夢を、終わらしたのですよ?」 「――っ!」 その言葉に恋歌は目を見開いた後、唇を噛み締め、ゆっくりと首を横に振った。 「違う、終わらせてくれたのよ。この人は、私に間違いを気付かせてくれようとした」 「……随分と理性的に戻られましたわね……」 「……もういい。私をここに入れて、彼の傍に居させて」 「構いませんよ? では、どうぞ」 女が鉄格子の前に手を掲げると、グニャリと数本が曲がり、一人分の穴が出来た。躊躇うことなく中に入れば再びグニャリと曲がり、元通りになる。 「何かあればお呼び下さいませ。天女様の番が来るまで、私がお世話係ですから」 「……監視しているんだから、察して出てくるくらいしたら?」 「監視は私の役目ではありませんの」 ふふっと女は笑い、綺麗に一礼をして姿を消した。文字通りその場から一瞬の間で姿が見えなくなり、恋歌の脳裏に瞬間移動の単語がよぎった。 ゆっくりを息を吐き、文次郎と向き合う。今考えるべきは女ではなく、文次郎の方だ。 「……大丈夫? 生きてる?」 今度は恋歌の方が文次郎の前に膝まつき、顔を覗き込む。 閉ざされた目が開くことは無かったが、短い呼吸音は聞こえた。まだ息はある。 恋歌は来ているワンピースに手を伸ばし、裾を歯で噛み躊躇うことなく破った。学園に来る前に渡されていたワンピースでお気に入りだったが、あの胸糞悪い連中の物だと思うとその気持ちを消え失せる。 なるべく細く長く破り、文次郎の腕の傷に巻き付ける。包帯擬きはこの服全てを使っても足りないだろうが、何もしないよりかはマシなはずだ。 「……ごめんなさい」 ポツリと呟いた言葉に、恋歌は自嘲する。意識のない彼に言っても意味がないことなど、分かり切っていた。 否、この行為がせめての償いのつもりだとうのも実に愚かで醜い。今更罪悪感に襲われても、遅いだけなのに。 「ごめんなさい、文次郎……」 それでも、言わずにはいられなかった。 八つ当たりにも近い理由で、彼と言うキャラクターを嫌っていた。学園でも散々失礼な言動をしてきた。手を伸ばしてくれた彼を拒絶した。 恋歌のせいで、彼はここに連れられてきてしまった。恋歌が嫌わなければ、彼と敵対していなければ、きっと今頃、元通りになった学園で笑っていたはずなのに。 己のせいで、彼がこんなにも傷付いてしまった。 「ごめんなさい……」 許してなんて言わない。ただ、償いだけはさせてほしい。 自分勝手と分かっていながらも、そう願わずにはいられなかった。 2017/02/21 prev 栞を挟む next [目次 表紙 main TOP] ![]() |