それからのことを、恋歌はあまり覚えていない。
 何か支部長が言っていた気がするが、脳が理解するのを拒否してしまった。
 気付けばまた、女に連れられ廊下を歩いていて。
 来た当初と違い、再び目にした光景には恐怖心しか抱かない。

「天女様、驚くのも無理はありませんわ。でも大丈夫、直ぐに慣れますから」

 後ろから聞こえて来る女の声に反射的に怒鳴り返そうとし、唇を噛んで耐える。
 何が大丈夫だと言うのか。何に慣れると言うのか。
 ――それを彼女たちに言った所で意味がないことは、嫌という程味わってしまった。

「ねぇ、聞きたいことがあるの」
「なんでしょう?」

 それでも、と最後の足掻きのように声を鋭くする。

「私の夢……馬鹿な行動を、終わらせたのは誰? 文次郎?」

 終わってしまった、恋歌の夢。文字通りそこは箱庭だった。
 今となっては、それが夢ではなかったこと、あそこに住む人たちにとっては悪夢当然で――冷静になった今、恋歌の行動は迷惑に他ならないことなど自覚している――終わらせようと文次郎たちが動き回っていたのは当然だったと思う。
 然し。あの学園での最後となったキャラクター、否、文次郎とのやり取りを思い出すと、違和感しか生じない。
 文次郎は、恋歌を彼女達から助け出そうとしていた。助け出したかった訳ではないだろうが、それでも自分たちと来いと手を差し伸べてくれた。彼はこうなることが分かっていたのだろうか。それとも、忍者の勘というやつだろうか。
 どちらにしろ、文次郎は恋歌に救いの手を差し伸べた。そんな彼が、本当に終わらせたのだろうか。

「いいえ? 彼は確かに動き回っていましたが、あの事態を結果として救ったのは、もっと別にいますわ」
「それは、誰?」
「――その前に天女様は、覚えていらっしゃいますか? 貴方にお守りだと渡したお皿の事を」
「お皿?」

 唐突なそれに、恋歌は眉をひそめた。
 皿の事は確かに覚えている。どこにでもある、食堂でも使われていた物だ。最後は主人公である乱太郎の手によって壊れたが、それが一体何だと言うのか。

「あの皿は、封印具だったのです。ここに、『狭間』に繋がる道を見つからないようにするための」
「封印、具……」
「一人だけ、道を見つけることが出来る子がいましたの。一回だけならまだしも、二回も来るとなると放っておけなくて……。彼と、彼の力の源である鬼の子の二人が触れたあの皿を利用して、隠していたのです」

 彼、ということは学園の生徒らしい。鬼の子とは文次郎の事だろうか。
 否、それよりも。
 女が言いたいことを理解した恋歌は、ハッと嘲笑を浮かべた。

「その封印具を乱太郎が壊したから、その彼って子がここに来られて……こうなったってことね」

 なんて皮肉だろうか。恋歌の夢を壊すために必要なことを、恋歌の大好きな物語の主人公がしてしまうとは。

「それで、文次郎はどうするの?」
「まあ天女様ったら、あんなに忌み嫌っていた子をお気になさるのですの?」
「……キャラクターとしては大嫌いよ。でも、迷惑かけたのは私だから」
「随分と変わられましたね」
「変わったんじゃない……夢の中だからって好き勝手やっていただけ」

 それが免罪符になるとは思えないが、そう言う他ない。
 苦しみ紛れの言葉に女は可笑しそうに笑うのが聞こえた。クイと手を引っ張られたので足を止める。

「そんなにも気になるのでしたら、お連れ致しましょうか? なんでしたら、同じ場所にいられるよう手配も致しますわよ?」
「……取りあえず、連れて行って」
「承知いたしました」

 同じ空間にいるのは向こうが嫌がるだろうと思い、最初の方だけ頼む。恋歌の複雑な気持ちを察したのか、女は益々可笑しそうに笑った。

2017/02/21
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