「――お帰り。今回の『天女』は随分と利口そうで何よりだ」
「ただいま帰りましたわ、支部長」

 歩かされた廊下の先にあった、今まで見たどれよりも立派且つ豪華な扉。自動ドアだったそこを潜れば、まるで戦隊物の基地で見かけるような空間が広がっていた。
 壁一面に巡らされたモニターの数々。各々に映っているのはたくさんの少女――恋歌も認める美少女や、平凡な子まで様々だ――に、怪しげな黒い粘着質のありそうなスライムにも似た物体。
 少女達の泣き叫ぶ悲鳴が、スピーカーを通して部屋に響き渡っている。よくよく見れば、少女たちのいる場所は監獄らしきものか、研究室。更に隅の方のモニターに、先ほどまで一緒に居た男の姿が映っていた。男はキャラクターを降ろして監獄らしきところに入れ、手足を鎖で拘束している。
 ここは、一体なんなのだろうか。異質さと悍ましさを与えるそれらに震えあがる恋歌に、唯一置かれた社長室で見かけるような立派な机に足を乗せ、これまた立派な皮椅子に座っていた男――支部長が、「ようこそ」と声をかける。

「我らが研究所へ。歓迎するよ、725人目の天女君?」

 仰天するような数字に声を上げようとし、やはりパクパクと動くだけだった。
 それを見た女が柔和な笑みを浮かべ、するりと恋歌の喉に指を這わせる。

「支部長、天女の声は取っておりますわ」
「ああ、それで珍しく煩くないはずだ。これからもここに連れてくる時は、天女の声は取ることにしてくれ」
「御意」
「――しかし、今回は楽しませてもらった礼だ。そこの天女君の声を戻してもいいぞ」
「あら、太っ腹ですねぇ」

 声を取る、とはどういったことだろうか。
 全く理解できない恋歌を尻目に、女が少しだけ強く喉を押してくる。
 途端、喉につっかえていたものが消え去り、言葉が音として出てきた。「なんなのよ!」との叫びに支部長が顔をしかめるのを見ながら、恋歌も負けじと睨みつける。

「貴方達、一体誰なのよ! 私の夢に出て来て!」
「――聞き飽きたセリフだな。もう少しひねりが欲しい」
「私はこの瞬間が何時も楽しみですわ」
「お前の趣味は相変わらず素晴らしい。連れてくる『天女』も見事なものだ」

 支部長は机から足を降ろし、机に手を組んで顎を乗せた。
 恋歌を見て、鼻で嘲笑う。その目は人ではなく、興味深い玩具でも見ているかのようで。

「説明しよう。ここは君がいた世界ではない。『狭間』と呼ばれる『神』の場所だ」
「……はぁ?」

 その口から紡がれる内容も滑稽で、天女は心底呆れの表情を浮かべた。
 しかし支部長は一切気にすることなく、淡々と言葉を紡いでいく。

「君たちの感覚で言うなら、平行世界になるだろう――各々の箱のバランスを保つのが、我々『天上人』の役目」
「……つまり?」
「君たちからすれば、私達は『神様』ということになる」

 自称神という人ほど胡散臭いものはない。
 胡乱げな眼差しを向け続ける恋歌を見て、支部長はパンパンと二回手を叩いて鳴らした。
 途端、恋歌の周りに青色の球体が幾つもの浮かび上がり、囲むようにして回りだした。

「……っ!?」
「言わばこの球体が、君たち『下人』の住む世界。その球体を囲む全ての空間、この黒色の部分が――『狭間』だ」

 支部長が指をパチンと鳴らすと、球体が透明かかった黒色に包まれた。球体は恋歌の周りを回るのを止め、目の前で黒色の空間がくっつく様にして一列に並ぶ。
 今までは個々だったが、全ての球体を黒色が囲んでいた。球体は触れるか触れないかギリギリの距離を保っているのが透けて見て取れる。

「我々はこの『箱』のバランスを保つことで、『狭間』を守っている。この高尚なる、神の空間を!」
「……で? だから何? いきなり『狭間』とか『神』とか言っちゃって、意味わかんないんだけど」

 そもそも理解したいとも思わない。ジト目になる恋歌に、だが支部長は一切触れることなく話を続けた。

「だが、下人の住む『箱』は増え続ける一方だ。これでは『狭間』の美しさが壊れてしまう、欠片も価値のない下人がいるだけの、醜い『箱』によって」
「へー?」
「だから我々は、不要に増えた『箱』を壊し、『狭間』を守ることにした」
「へー……はっ?」

 壊して回る。その言葉に、聞き流そうとしていた恋歌ははたと固まった。
 この支部長曰く、『箱』とは恋歌たちの住む世界の事。平行世界、は夢小説を読んでいる者としてニュアンス的には理解はできる。
 その『箱』を壊すということは、世界を壊すという事。

「なによ、それ……」

 ――恋歌たちを、殺すと言うことだ。
 余りにも酷い言葉に絶句する恋歌を、支部長はやはり見ない。視界にも、入れようとしていない。

「『箱』を壊すのは簡単だが、残念ながら邪魔をしてくる者達がいる。我々の考えを理解できず、『狭間』を汚す『箱』を守ろうとする馬鹿者達がな……」

 どうやら、支部長たちの企みは全ての者達の考え、という訳ではないらしい。
 命の危機は脱出できていないが、今すぐに消される訳ではないという事に恋歌は安堵した。
 だが。支部長は変わらず焦りの色も見せない。
 
「だから私達は作っている――邪魔者を一掃し、かつ『箱』を壊せる兵器……『生きた兵器』を」

2017/02/21
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