「――被検体725、回収完了しました」
『ご苦労。直ぐに帰還せよ』
「了解」

 目の前に崩れ落ちるようにして倒れた少女を見下ろしながら、男は耳に着けているインカムで報告する。機械越しに届く指示を受けながらスイッチを切れば、ふわりと目の前に女が姿を現した。それは瞬間移動の如くあまりにも突然だったが、男は平然とした様子で「やあ」と話しかける。

「先に基地に帰っていたとばかり思っていましたよ」
「フフ、あの子に挨拶するのが礼儀でしょう?」
「私も人の事を言えませんが、貴方も律儀ですよねぇ」

 よいしょと文次郎の背中から箒を抜き取り、さっと穂で床と背中を払う。ドクドクと流れ落ちていた血が一瞬の間で消え去り、傷口はそのままだが新たな血が流れ出ることはなくなった。

「あら、助けるの?」
「彼は土産品ですから。新たに調達するのも面倒ですし」

 主に後半が本音だが、それを知るのは男だけで十分だ。文次郎を肩に背負い、少女を脇で抱える。そのまま部屋を出れば、女が静々と後を追ってきた。
 地面に降り立ち、「それで?」と女を振り返る。

「貴方が相手を?」
「フフ。好きなものは最後に食べる派なんですの、私」

 ニコニコと機嫌よく笑う女に、男は「そうですか」とにこやかに返した。

「では私は、先に帰っていますね」
「ええ。また後で」
「――そちらの君も、もう会うことは無いだろうけどね」

 女から視線をずらし、男は口角を上げてそれを見る。
 大きく肩を動かし、息を整えている少年。上手くいかないのは、その目が捉えて離さない者のせいだろう。
 男の肩に背負われた文次郎。その背中に滲んでいる大量の血と、塞がれていない刺された後の傷跡。
 文ちゃん、そう少年の口が動く。驚愕に見開かれていた目が、ギッと吊り上がる。

「――てんめぇらぁああああ!!」

 怒りの雄叫びを上げる少年――伸一郎に、女はフフッと機嫌良さそうに笑った。

2017/02/15
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