何かを、指すような音が聞こえた。 硬く目を閉じ早く目を覚めろと必死に唱えていた恋歌は、その音に顔を上げる。 次いで感じた、鉄のような鼻につく匂い。 目の前にいる大嫌いだったキャラクターから、漂ってくる。 ブラン、と伸ばされていた手が下に落ちた。力が抜けたように揺れ動くそれは、ゆっくりと倒れてきた身体によって動きを止められる。 ドサリとうつ伏せの状態でキャラクターは倒れた。その背中にあるものは、どこにでもあるような箒。 まるで突き刺さっているかのように、背中の直立に立っている。 そこで、恋歌はようやく気付いた。様に、ではなく、実際突き刺さっていることに。 「――……っ!」 悲鳴を上げようとして、だが音は出ずパクパクと動くばかり。 突然の事態に脳は正常に作動せず、理解することを拒絶している。 「これはこれは、実にありがたい。回収と土産品調達が同時に出来るなんて」 呆然とする恋歌の耳に、この場に似つかわしくない穏やかな低い声が届いた。目を向ければ、何時の間に居たのだろうか、黒いスーツを身に纏った男がニコニコと嬉しそうに文次郎を見下ろしている。 スーツ、そう、彼はスーツを着ている。この室町時代にないはずの、現代の服を。 あっと、恋歌はホッと息を吐いた。これは夢なのだと、ようやく思えることが出来た。もしも現実ならば、スーツを着た人間が出てくるはずがない。これは夢だ、恋歌の見ている、悪夢にも等しい夢だ。 「ねぇ、お願い。こんな夢とっとと消して。またあの夢を見させて」 立ち上がり、文次郎を避けて男の傍による。傍から見ると神経を疑う光景に、男は気にすることなく柔和な笑みを恋歌にも向ける。 「――もう夢は終わっていますよ、天女さん?」 「えっ?」 穏やかな声色は、世間話をするかのように軽く。 目を丸くし、もう一度聞き返そうとした恋歌は、突然襲ってきた暗闇に意識を飲まれたのだった。 2017/02/15 prev 栞を挟む next [目次 表紙 main TOP] ![]() |