少し時を遡り、別の場所では、左門を筆頭に会計委員会四年生の田村三木ヱ門に無理やり饅頭を食べさせ。 元に戻った先輩に泣き付く左門、それを見て笑う団蔵と左吉、苦笑しながらも受け止める三木ヱ門を見て、文次郎はある決心をしていた。 「潮江先輩、本当に有難うございました」 「礼ならこいつらに言ってやれ」 「そうですよ、田村先輩!」 「先輩がいらっしゃらない分、僕達で頑張ったんですよ?」 「……っ、そうか。有り難う、お前達。左門もいい加減泣き止めよ」 「だって、だってぇ!」 久しぶりに見る、後輩たちの微笑ましい姿。三木ヱ門に引っ付く左門の姿は珍しいが、今までの事を考えると仕方ない。事情を知らない一年生たちは不思議だろうが、上級生が元に戻って自分たち以上に喜んでいると考えているのだろう。まるで自分たちが先輩であるかのような眼差しで見守っている。 意識を少しだけ逸らして耳を澄ませば、遠くの方で別の泣き声と笑い声も聞こえてくる。他の後輩たちも上手くいったらしい。 ――これならば、己がいなくとも大丈夫だろう。 「左門」 「ううう……っ、じおえ、ぜんばい?」 しがみつきながら今まで堪えていた分の涙を流す左門の横に膝をつき、その顔を覗き込む。真っ赤に泣き腫れた目は痛々しいが、零さない様必死に堪えていた時よりも断然すっきりして見える。 「もう暫く、委員長代理を任せてもいいか?」 「潮江先輩!?」 声を上げたのは三木ヱ門だった。四年生の自分を差し置いて、とでも思っているのかもしれないが、左門達三年生を文次郎は対等な同胞として扱う故の判断だ。 まだ、この事件は終わっていないのだから。 「どこに、行かれるのですか?」 「少し、人形を見に行こうと思ってな」 「……分かりました」 人形が何を指しているのか分かった左門は、表情を引き締めて頷く。 この短期間で彼らは実にいい顔つきをするようになった。もしかすると、四年生を追い越してしまうかもしれない。 それだけ彼らに負担をかけていたと思うと最上級生として心苦しく思うが、同胞としては共に喜びを分かち合いたい。 「頼んだぞ」 「はい!」 各々の頭を一撫でして、その場から立ち去る。 人形の居場所は、すでに分かっていた。 「……左門」 「なんでしょう?」 「なんでお前が、僕を差し置いて委員長代理なんだ!?」 「田村先輩は元に戻ったばかりだからです!」 そう断言された三木ヱ門はウッと言葉に詰まった。不本意とはいえ操られていた身、言い返す言葉が出ない。 何より、こんなにも泣かせる程心配させていたという事実が胸にしみる。 無言で降参を示すと、左門はニカッと明るい笑みを浮かべた。 「田村先輩、松平先輩に報告しに行きましょう!」 「松平先輩?」 「火薬と図書の委員長代理をしていた六年生です!」 「それと、潮江先輩の幼馴染!」 出てきた名前に首を傾げると、左吉と団蔵が横から説明する。 無論、三木ヱ門も誰なのかは分かっている。知り合った方は寧ろ彼の方が先だ。そうではなく、今ここで彼の名前が出てきたことに驚いたのだ。 (もしかすると、先輩も助けて下さったのかもしれない……) 操られていた時の記憶はハッキリと残っている。その殆どがあの天女とのやり取りだという事実に辟易してしまうが、それでも時々左門達が遠巻きにこちらを窺っている姿を見た記憶がある。 その時、傍にいる上級生は文次郎しかいなかった。だからこそ彼だけが動いていてくれていたと思ったのだが、伸一郎も陰で動いていたのかもしれない。 ならば彼にも礼を言わねばならない。 こっちだ、と見当違いの所に行こうとする左門を引っ張って止める左吉と団蔵を止め、自分が一個下の後輩の手を掴む。 「行くぞ。左門、団蔵、左吉」 「はい!」 元気のいい返事をする三人のそれが、実に久しぶりのように感じて、三木ヱ門はこっそり泣きそうになった。 2017/02/13 prev 栞を挟む next [目次 表紙 main TOP] ![]() |