伸一郎が今までいた場所に突き刺さる手裏剣。
 襲われたと理解したのは、その一拍後。
 誰だと気配を探り、目の前に現れた男に目を見張る。

「たち、ばな……?」

 襲ってきたのは、仙蔵だった。長次と同じようにその目に伸一郎は映していない。代わりに溢れんばかりの憎悪が籠っている。
 一体なぜ、藤内が張り切って元に戻そうとしていたのに。浮かんでくる疑問は、ゆらりと動いた仙蔵によって止められた。
 キィインと、金属音がぶつかり合う音が響く。襲ってきた苦無を同じく苦無で受け止めた伸一郎は、たまらず声を上げる。

「おい立花、お前どうしたんだ!」
「……」
「浦風は、後輩たちはどうした!」
「……」
「何とか言えよ! たちばなぁ!」

 拮抗する力を何とかしようと、伸一郎は体勢を立て直して力を込め振り払う。その場から跳躍した立花は数歩離れたところに着地した。その動きに伸一郎は目を細め、何時でも動けるよう構えを取る。

「なぁ、立花。話せないんだったらそれでいい。俺の声が聞こえないんだったら、好都合。一方的に話してやる」
「……」
「――お前さ、なに俺の文ちゃん泣かしてんの?」

 ピクリと、仙蔵の肩が跳ね上がった。構わず伸一郎は言葉を続ける。

「文ちゃんだけじゃない、浦風だって泣いていた! 一年生や二年生も不安がっていた!」
「……」
「今のお前が天女サマの影響をもろに受けているのくらい、みりゃあ分かる! お前、超お気に入りだったもんな! 大方、元に戻る忍たま達に天女サマが怒り狂ってるんだろうよ! だからお前も、そんな目をしてやがる!」
「……」
「でもよぉ、それでも俺は絶対に許せないんだよ――」

 足に力を込め、床を蹴る。一瞬にして詰めた距離に仙蔵が動く前に後ろに回り込み、腕を取り押さえる。

「――お前は、そんな鈍い動きするようなヤワな奴じゃねぇ!」

 ダァンと、音を立てて床に押し倒し縫い付ける。背中に飛び乗り動きを封じ、手に持っている苦無を足で蹴って取り払う。

「お前は、俺の文ちゃんの隣に立てる奴なんだよ! 文ちゃんが安心して背中を預けることが出来る、強い奴なんだよ! なのになんだよ、その動き! 何で俺に、俺なんかに、押さえつけられてんだよ! ふざけんなよ!」

 上がろうとする頭を押さえつける。ガンと床に強く当たった音がしたが、今の伸一郎に気を遣う余裕などない。

「誰よりも強いくせに! 俺の文ちゃんから信頼されているくせに! 後輩から慕われているくせに! あいつらの言いなりなんかになりやがって! 俺が、俺が憧れた『立花仙蔵』は、こんな弱い奴じゃねぇ!」

 混乱に苛立ち、悲しみ。様々な感情が入り混じった叫びに、いつの間にか仙蔵は抵抗を止めていた。
 ふうふうと獣のように荒い息を繰り返す伸一郎の耳に、バタバタと走る足音が届く。軽いものばかりのそれは、下級生のものだろうか。すぐにその足音の持ち主達は、伸一郎の前に姿を現した。

「松平先輩! 綾部先輩を元に戻している最中に、立花先輩が逃げ出して……!」
「よう、浦風。丁度いいところに」
「立花先輩!?」

 饅頭片手に走って来た藤内は、仙蔵の上に跨る伸一郎という図に悲鳴をあげた。
 余裕のない伸一郎はそれを気に留めることなく、後輩に手を差し出す。

「饅頭」
「はい?」
「饅頭、俺に寄越せ。俺が食わせる」
「はい!?」
「――おい立花、吐いたら承知しねぇからな」

 何時もと様子の違う、怒りを顕わにした伸一郎に藤内は怯えながらも饅頭を渡した。
 伸一郎は仙蔵の髪を引っ張ることで顔をあげさせ――ここで藤内が再び悲鳴をあげた――、口に饅頭を押しつける。

「――元に戻れ、たちばなぁ!」

 グッと吐き出しそうになる仙蔵の口を手で封じ、逃れようとする体を全体重をかけて封じ込む。
 ゴクン、と全て喉に通ったのを確認してから、伸一郎は手を離した。ゴホゴホとせき込む彼を見下ろしながら、おもむろに手を伸ばす。

「おい、たち……」

 そして、次の瞬間には床に縫い付けられ、腹の上に全体重をかけて乗っかられていた。
 強い衝撃にゴフッと息とともに内臓が出来そうになる。せき込む伸一郎を見下ろしながら――元に戻った仙蔵が、引っ張られた前髪をかき上げた。

「まさか貴様が、私に憧れていたとはな」
「……げぇ、聞いてたの?」
「全部。全部、届いていた」
「……」

 まじかよ、と伸一郎は体から力を抜き顔だけ横に向けた。乾いた笑みを浮かべ、最悪と呟く。

「本当俺、損しかしてねぇ」
「そうか?」
「そうだよ。こんなことに関わったせいで、もうグチャグチャだ」
「……」
「最悪だよ……あんた達が操られても別に平気だったのにさ、さっきのお前見て『あー、本当に操られてんだ』って改めて実感して……もう怒りやら何やらで訳わかんなくなって……」
「……松平」
「んだよ」

 フッと、仙蔵は笑みを浮かべた。伸一郎の暴挙をすべて覚えているはずなのに、どこか清々しさを感じさせて。

「礼を言おう、助かった」
「……どーいたしまして」

 照れくささで横を向いたままでいると、仙蔵が腹の上からどき藤内の元に向かった。よいせと体を起こし、感動の再会を横目で見る。

「おいで、藤内」
「立花、先輩……!」
「すまなかったな、お前たちも有り難う」
「せんぱぁい!」

 仙蔵に泣いて飛びつく藤内に、ふっと表情を和らげる。
 立ち上がり乱れた服を整え、邪魔しないようそのままその場を立ち去ろうとし――あれ、と後ろを振り返る。

 誰かに、名前を呼ばれた気がした。

2017/02/10
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