どどん、と後輩たちが気合十分に並んでいる。特に三年生の気迫はすさまじい。饅頭片手に、戦場に乗り込むような勢いだ。
 否、彼らにとっては戦場に等しいのかもしれない。なぜなら今から立ち向かうのは、彼らの尊敬する上級生なのだから。

「いいか、お前ら。これからこの饅頭を上級生に食わせて、正気に戻らせる。理由は先も言ったが、これ以上は意味がないだろうという学園長の判断だ」

 饅頭を食べさせる言い訳として考えたそれを、一、二年生は疑いもしない。ただただ純粋に、実習中の先輩たちが元に戻ることを喜んでいる。
 対する三年生は、やはり不安が見え隠れしていた。元に戻らなかったらどうしよう、本当は操られていなかったとしたら、これを食べても変わらなかったら。身を巣食う不安に、目が揺れ動いている。

「大丈夫、俺達がちゃんとサポートするからさ。お前たちは安心して、全力でこれを食べさせろ!」

 それを取り除きたくて、伸一郎はわざと声を明るくあげる。

「――何があっても、俺達が守るから」

 だからほら、笑いなって。
 二カッと明るい笑みを浮かべる伸一郎に、三年生はホッと肩の力を抜いた。そのやり取りに文次郎も小さく笑い、「行くぞ!」と宙にこぶしを突き上げる。

「とっとあいつらを、元に戻してやれ!」
「おー!」

 文次郎に続くように、次々と拳が宙に突き上げられる。それは伸一郎も同じで、三年生もまた笑顔を浮かべていた。

*-*-*-*-*


 天女がいない。ただそのことだけで、強い焦燥感を抱いた。早く見つけて、会いに行かねば。安心させて、愛していると伝えて、笑顔を見たい。
 思うことはただそれだけ。しかしそれが強い衝動となり、体を突き動かす。

「先輩!」

 何も聞こえない、聞きたくない。聞こえるのは、聞きたいのは、天女の声だけ。
 ――なのになぜ、こんなにも心がざわつくのだろうか。

「お待たせしました、先輩!」
「先輩、後で怒らないでくださいね!」

 胸が、痛い。心が何かを叫んでいる。
 天女の事だけを考えていたいのに、その声が、邪魔をして。
 直ぐに天女の元に行きたいのに、その声が、足を止めて。

「いっきますよー!」

 ああ、どうして?
 どうして、こんなにも泣きたくなる?
 どうして、こんなにも嬉しい?

「先輩、元に戻ってください!」

 苦しい、息が出来ない。身動きが出来ない。
 でもきっとそれ以上に、傷つけてしまっただろうから。

「――遅くなって、悪かった」

 優しい声色が、頭に降って来る。
 それにひどく、安堵した。

2017/02/10
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