どどん、と後輩たちが気合十分に並んでいる。特に三年生の気迫はすさまじい。饅頭片手に、戦場に乗り込むような勢いだ。 否、彼らにとっては戦場に等しいのかもしれない。なぜなら今から立ち向かうのは、彼らの尊敬する上級生なのだから。 「いいか、お前ら。これからこの饅頭を上級生に食わせて、正気に戻らせる。理由は先も言ったが、これ以上は意味がないだろうという学園長の判断だ」 饅頭を食べさせる言い訳として考えたそれを、一、二年生は疑いもしない。ただただ純粋に、実習中の先輩たちが元に戻ることを喜んでいる。 対する三年生は、やはり不安が見え隠れしていた。元に戻らなかったらどうしよう、本当は操られていなかったとしたら、これを食べても変わらなかったら。身を巣食う不安に、目が揺れ動いている。 「大丈夫、俺達がちゃんとサポートするからさ。お前たちは安心して、全力でこれを食べさせろ!」 それを取り除きたくて、伸一郎はわざと声を明るくあげる。 「――何があっても、俺達が守るから」 だからほら、笑いなって。 二カッと明るい笑みを浮かべる伸一郎に、三年生はホッと肩の力を抜いた。そのやり取りに文次郎も小さく笑い、「行くぞ!」と宙にこぶしを突き上げる。 「とっとあいつらを、元に戻してやれ!」 「おー!」 文次郎に続くように、次々と拳が宙に突き上げられる。それは伸一郎も同じで、三年生もまた笑顔を浮かべていた。 天女がいない。ただそのことだけで、強い焦燥感を抱いた。早く見つけて、会いに行かねば。安心させて、愛していると伝えて、笑顔を見たい。 思うことはただそれだけ。しかしそれが強い衝動となり、体を突き動かす。 「先輩!」 何も聞こえない、聞きたくない。聞こえるのは、聞きたいのは、天女の声だけ。 ――なのになぜ、こんなにも心がざわつくのだろうか。 「お待たせしました、先輩!」 「先輩、後で怒らないでくださいね!」 胸が、痛い。心が何かを叫んでいる。 天女の事だけを考えていたいのに、その声が、邪魔をして。 直ぐに天女の元に行きたいのに、その声が、足を止めて。 「いっきますよー!」 ああ、どうして? どうして、こんなにも泣きたくなる? どうして、こんなにも嬉しい? 「先輩、元に戻ってください!」 苦しい、息が出来ない。身動きが出来ない。 でもきっとそれ以上に、傷つけてしまっただろうから。 「――遅くなって、悪かった」 優しい声色が、頭に降って来る。 それにひどく、安堵した。 2017/02/10 prev 栞を挟む next [目次 表紙 main TOP] ![]() |