【第七章】


 いつの間にか消えていた、天女の部屋にあったという皿――の破片。それを何故か、文次郎が持って帰って来た。

「これ、やっぱり重要な何かだったとか?」
「痕跡を消す為に一度回収し、問題なくなったから返しに来た……とも考えられるな」

 臭い匂いに堪えながら饅頭づくりに励む下級生達――余談だが、一年は組の良い子達は最初揃って魂を飛ばしていた――の邪魔にならないよう、食堂の隅でそれを広げながら、伸一郎は文次郎と皿を睨みつける。
 確かに皿を包んでいる風呂敷は己の物だ。だが、あの時感じた重みは感じられない。皿以外に何かあると思わせた何かが、綺麗に取り払われている。

「これ、壊したのは乱太郎だったな?」
「おう。なんかすっげー違和感あって回収したら……例の所にいた」
「……今お前が感じるものは、『色狂い花』の例もあって見逃すことは出来ない。何かしらの力があった……そう考えた方が自然か」

 チラチラと三年生がこちらを窺っている。隠し事をされていると思っているのだろうか、どこか不満げな表情だ。
 心配しなくとも、この件に関する情報は共有するつもりである。その意味も込めて片目を瞑り口の動きだけで大丈夫と伝えると、作兵衛が疑いの目を追加した。この後輩はどうやら己の事を一切信用していないらしい。
 素直に安心している左門と数馬の何と可愛らしい事よ、と思っていると、三之助と藤内、孫兵が二人に何やら耳打ちした。そして、揃って疑いの目を向けていた。
 この三年生、非常に可愛くない。

「おいこら伸一郎、聞いてんのか?」
「ごめん文ちゃん、今俺先輩としてどう後輩を指導すればいいのか考えた」
「お前よりもあいつらの方が優秀だから、そんなもん考える必要はない」
「文ちゃんが一番ひどい!」

 もう、とわざとらしく膨れるが、文次郎は綺麗にスルーしてくれた。おふさげが不発に終わったことで何となく気まずくなり、「それで」と自分で軌道修正する。

「文ちゃんはどう考える?」
「……あのなぁ、いや、もういい。この皿が何時頃天女の部屋に置かれるようになったのか、それが気になる。この皿が割れた直後に、伸一郎が例の場所に行けたことも引っかかるな」
「いんや、タイミングは正直向こうの勝手だと思う。前二回とも、皿は特に関係無かったし」
「なら、お前はどう考える?」
「……お守り、加護とか? なんかそんな良い感じはしなかったけど」

 そう言いながらも、何となくしっくり来ず首を傾げる。改めて考えてみても、情報が少なすぎて難しい。
 一体何の意図があって向こうで処分せず返してきたのか。この皿の謎が解けても、辿り着くことは不可能とでも言いたいのか。

(……いや、違うな。これは本当に俺達のことなんて眼中にない、ただ食堂の皿だったから返しただけだ)

 女の不愉快すぎる、あの眼中にすら入れていないその辺の道に転がっている石ころでも見るような目を思い出し、気分が一気に下がる。
 見下されるのには慣れているが、あそこまで徹底されると怒りが湧いてくる。
 否、本当に己たちの力など敵わないことなど、分かっている。分かっていても、どうしようもない程腹立たしい。

「潮江先輩、松平先輩、もうすぐでできますよー!」
「この匂いもういやですー……」

 一、二年生たちの無邪気な声が己達に掛けられる。
 ――天真爛漫な彼らの顔を、奴らは曇らせた。
 三年生が迎えに来るようにこちらに駆け寄って来る。
 ――早すぎる覚悟を、奴らのせいで彼らは決めることになった。
 伸ばされた手を掴むため、文次郎が三年生の方へと向かう。
 ――大切で愛しい幼馴染が、奴らのせいで傷付いた。

「うわっ、松平先輩!?」
「どうしたんすか?」

 気付けば、伸一郎は三年生を抱きしめていた。六人同時には難しく腕の中には作兵衛、孫兵、左門しかいない。その他の三人は突然の松平の行動に目を丸くしている。
 伸一郎は口を開こうとし、だが音にならず口を閉じた。

 何と表現すればいいか、分からなかった。
 この胸に溢れる衝動を。
 あたたかくもどこか擽ったいこの気持ちを。
 ――文次郎さえいれば良ければよかった己の、変化を。

「――あー! この匂いやっぱりひどくね!? 俺近付きたくないんですけど!」

 堪らず、どうでもいいことを叫ぶ。
 おどけて見せれば三年生は呆れ、しかしどこか楽しそうな表情を浮かべた。

「松平先輩、我儘言わないでくだせえ」
「これからが本番なんですからね」
「さあ、行きますよ!」
「潮江先輩も、こっちに」
「先輩たちがいないと、始まらないんですから」
「頼みますよ、先輩」

 口々に背中を押す後輩たち。ポンと肩を叩かれ見上げれば、文次郎が優しい目でこちらを見ていた。

「ちゃんと向き合ってやれ。今のお前なら、できるはずさ」

 ――この己でも分からない感情の事を言っているのだろうか。
 相変わらず鋭い文次郎に顔をひきつらせ、すぐに苦笑に変えた。

「これが終わったらな!」

2017/02/10
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