「――という訳でお前ら! チキチキ! もう色々と面倒だからさっさとあいつら元に戻してやろうぜ! くっそまずい饅頭つくったれ調理実習を開始しまーす!」
「はーい!」

 どうしてこうなったんだろう、と文次郎は遠い目をした。
 目の前に広がるのは、食堂のテーブルを利用していそいそと饅頭つくりに励む一、二年生の姿。その中に混じりながらどこか不安そうに、しかし期待に目を輝かせる三年生。彼らに指示を出す、伸一郎。
 他の生徒たちはいない。言葉巧みに食堂のおばちゃんを伸一郎が説得し、誰も近寄らせないようにしている。
 ああ、でもどうして。こんなにも和気藹々としているのだろうか。

「折角だから仲良しなところ見せつけようと思って」
「俺の思考に口を挟むな」
「文ちゃんのことなら何でもわかるぜ!」
「うっざ」

 ひょっこりと隣にやって来た伸一郎を冷たくあしらった後、文次郎は軽く息を吐いた。
 楽しげに饅頭を作る後輩たちの姿は見ていて心が安らぐ。特に頑張ってくれた三年生たちには、少しでも楽しんでもらいたいと思わないでもない。
 ――しかし、と布越しでも匂っている香りに顔をしかめる。学園中を覆い尽くすような甘い香りに、根っこに臭い香りが混じり合わせ何とも言えないものになっている。一方だけしか分からない伸一郎たちが心から羨ましい。
 このままここにいては別の意味で気が狂いそうだ、と文次郎は一度ここからでることを決める。

「伸一郎、ここは任せていいか?」
「おう。文ちゃんは例の人探し?」
「ああ。まだいるかもしれないからな」

 小声で話し、脳裏に教師と名乗った男の姿を浮かべる。
 敵が教師の中に混じっていることは分かったが、あの日以降一度も姿を見ていない。まるで文次郎に接触するために姿を見せたようで、気色が悪い。
 伸一郎には全てが終わったと伝え、手出しはしない風なことを言ったようだが、やはり信じきることは出来ない。

「頼んだぞ」
「了解」

 後輩たちに見つからないよう、そして伸一郎に万一の時のことを任せ、文次郎は素早くそこから立ち去った。



 学園内を見て回って分かることは、やはり何時も通りだという事。仙蔵たちが操られる前のように天女に群がる姿もなければ、天女万歳と謳う者達もいない。
 天女は自室にいるのだろうか。はたまたどこかほっつき歩いているのだろうか。
『――』
 耳が、何かの音を拾う。どこかで聞いたことがあるような声だ。
 助けを求めるものではない。否、助けにも似た、悲鳴のような――……

「潮江文次郎君」

 探る思考は、名前を呼ばれたことで中断された。
 聞き覚えのない、否、一度だけ聞いたことがある声に、文次郎は足を止め、だが振り返らない。
 感じたことのない気配。振り向くな、と肌を刺す殺気。

「俺の前に姿を見せるとは、よほどの自信があると見受けられる」
「君には世話になったから、一度話しておこうと思ってね」

 ――例の男だ、と文次郎は直ぐに気付いた。

「君たちには恐れ入ったよ。特にもう一人の少年には驚いた。私達の封印を自力で解いたんだからね」
「……」
「だから教えてあげようと思って。どうして私達がこのような面倒なことをしているのか」

 不用意に話さず、男の声に耳を傾ける。
 男は滑らかに、歌うように言葉を紡ぐ。

「君たちが思っているようなことには興味は無いんだ。この学園の事などどうでもいい。ただ私達は、あるものを集めていた」
「……ある、もの?」
「目に見えない、しかし誰もが持っている物。それを大量に手に入れる必要があり、この学園と天女を利用した」
「……」
「結果は大成功。今までにない成果だったよ。特に君が素晴らしい、ここまで純度の高いものは見たことがない」

 一体何の話をしているのだろうか。文次郎は問いかけようとし、直ぐに口を閉じた。

「ああ、悪いけど。このことを君たちに教えるつもりはないんだ。なぜなら関係のないことだからね――知る必要は、一切ない」

 先に、男に釘を刺されたために。
 関係はあると叫ぶのは簡単だ。しかし、今そうすることで情報が聞きだせないのは困る。
 硬く握り拳を作り、文次郎は耐えた。全神経を集中させ、男に襲いかからないよう必死に理性を保つ。

「でもそれだと、君たちが可哀想だと思ってね。だからこれだけは教えておこうと思って――私達はこれ以上手を出さない。安心して、仲間たちを元に戻すといい」
「……天女は、どうする」
「あの人形は責任を持って回収するよ。まだ、やらないといけないことがあるからね」
「……天女の目的は、お前たちと一緒だったのか?」
「ああ、なるほど。そこ気になるか……いいや、違うよ。彼女は私達の駒、哀れで愛しい――」

 男の声が遠くなる。遠のく気配に、文次郎も振り返る。

「――愛を乞う、人形だよ」

 そこには誰も居らず、代わりにバラバラに砕けた皿の破片が落ちていた。

2017/02/06
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