「――スマン!」

 頭を抱えて蹲っていた幼馴染が、顔を上げたと思ったら流れる動作で土下座をした。
土下座は自分の専売特許、と条件反射的に叫ぼうとし、すぐに幼馴染の本気に気付き言葉を飲み込む。

「文ちゃん、どうかした?」
「……記憶を操作されていたのは、俺の方だった」

 唸るような声でもたらされた事実に、孫兵は目を大きく見開き、伸一郎はやっぱりと息を吐いた。

「なんとなく様子はおかしいし、俺もそうだったからもしかしてとは思っていたけど……重要なことだったのか?」
「かなりな」
「先輩、何を思い出したんですか?」
「その前に顔あげてね」

 よいしょ、と文次郎を引っ張ると逆らうことなく立ち上がる。
 文次郎は悔しげに表情を歪ませ口を開こうとし、ふと鼻を手で押さえた。驚愕の表情で学園の方を振り向き、まさかと呟く。

「この匂いが原因だったのか……?」
「えっ、何が?」
「お前たちはこの匂いが分からないのか?」
「匂い?」

 孫兵と伸一郎が同時に首を傾げる。文次郎は二人を凝視し、カミュへと視線を移した。カミュはコクリと頷き、文次郎も顔を引き締める。

「学園の人たちを洗脳している正体がわかった」
「まじで!?」
「恐らくそれに、伊賀崎、伸一郎、お前達もかかっている――この匂いが、分からないのだったら」

 布を鼻と口に巻き付けて覆う文次郎に、孫兵と伸一郎は顔を見合わせた。正直何も匂わないのだが、文次郎がそういうのならと受け入れることにする。

「けどなんで文ちゃんだけ? その匂いが『色狂い花』の匂いだったんなら、俺も根っこ入り饅頭一緒に食べたぜ?」
「……可能性は幾つかある。一番可能性が高いのは、この匂いが『色狂い花』の匂いとはまた別物だということだ」
「おけ、考える。伊賀崎も一緒に!」
「はっ、はい!」

 ふむ、と二人で思考に没頭する。
 まず伸一郎が考えたのは、根っこ入り饅頭を食べたにも関わらず何も変化がない己についてだ。
 そもそも、蜜入り饅頭を美味しいと食べた文次郎たちとは違い、伸一郎は不味いと感じた。そして根っこ入り饅頭を不味いと言った文次郎と打って変わり、伸一郎は味を感じなかった。

(そういや俺、匂いに釣られてあそこにいった割に、天女サマのこと大嫌いだよな……)

 不意に、伸一郎はどうでもいいことと放置していた事実を思い出す。
 『色狂い花』の匂いは、人の思考を狂わせる。伸一郎は確かに記憶を忘れていたが、天女に関して他の人たちのようにはならなかった。
 文次郎も伸一郎のように操られていないと一見思えるが、思えば饅頭を食べて以降、天女に対しての異常なほどの拒否反応を示していただろうか。学園を出たりと慌ただしくしていて天女と接する機会が殆ど無かったが、もし、彼が饅頭を食べた結果、拒否反応を起こさなかったとしたら。

(もしかして、記憶忘れたのは花のせいじゃない? あのお姉さんが俺の事を面白いって言ったのは……俺が、匂いに操られていなかったからだとしたら……匂いだけじゃない、蜜にも影響されていなかったとしたら……)

 あっ、と伸一郎は口を押えた。勢いよくカミュを振り向き、膝をついて視線を合わせる。

「なぁ、カミュ! 俺文ちゃんと同じように蜜入り饅頭の影響受けてた!? それとも受けてなかった!? お前、蜜入り饅頭の匂いを文ちゃんからしか嗅ぎ取らなかったんじゃねぇの!?」

 食べても安全かどうか判断した狼は、伸一郎の言葉にこっくりと頷いた。その頷きが最後の質問に対するものだと気付き、おまえなぁと叫ぶ。

「やっぱり俺食べ損じゃんか!」
「気付いたのか?」
「気付くよそりゃあ。多分俺、『色狂い花』に影響されていない。でも記憶を封じ込められていたってことは、他の力があるのかも」
「そこか。伊賀崎は何か気づいたか?」
「あっ、はい……気付いたと言うより、不思議だったんですけど……」

 六年生二人の目を向けられ少したじろいだ孫兵は、それでも臆せず疑問に思っていたことを話す。

「竹谷先輩たちを元に戻したら、学園を元に『戻す』のって……。元に『戻る』んじゃないんですよね」
「えっ、うん」
「『戻す』ってことはつまり、その人たちが元に戻すんですよね?」
「うん……うん?」

 あれ、と伸一郎も引っ掛かりを覚えた。文次郎は満足そうに頷いている。

「もし学園がお花の支配下にあったら、竹谷先輩たちを元に戻すことによって、学園も元に戻ります。でもそうじゃないとしたら……言葉通り、その人たちが『戻す』のだったら」
「まったく別の力が働いている……ってこと?」
「恐らくは。そして、その人たちは僕達のことをずっと見ている――天女様が言っていたように、僕達の事を」

2017/02/06
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