あまり知られていないが、潮江文次郎は一年生の頃からずっと会計委員会に入っていたわけではない。
 一年の途中、彼は当時の会計委員会委員長に気に入られ、中途半端な時期に移籍させられた。それまで所属していた委員会は――生物委員会。
 六年間という月日の中で考えればほんの僅かな時間だが、そこで彼は掛け替えのない友を得ていたことを知っている者も少ない。その友が人ではなく、狼と普段は呼ばれていることも。

「よぉ、カミュ。こいつらと仲良くしているか?」

 ベロンベロンと大きな舌が文次郎の顔を舐め回す。ハッハッと零れ落ちる息は直接文次郎にかかっているが、それでも彼は嬉しそうに受け止める。
 ふりふりと左右に売れ動いているのは、ふさふさとした立派な尻尾。通常の個体よりはるかに大きい体全体で文次郎にのし掛かっている。重くは無いのだろうかと常々思うが、そうされるのは文次郎だけなので伸一郎が知ることは無い。
 カミュと呼ばれた生き物――狼は、文次郎に懐き、伸一郎の事を見下しているのだから。

「伊賀崎、カミュとは仲良くしてるのー?」
「はい! 凄く人懐こいし、生物小屋の子達も慕っています。ジュンコもカミュがいる時は安心して外に出て来てくれるんですよ!」
「まじか」

 色んな意味でマジか、である。
 ニコニコとカミュと文次郎のやり取りを見ている孫兵には悪いが、あの狼はそこまで人懐こくない。寧ろプライドがずば抜けて高く、下に見るととことん見下してくる。
 文次郎がそんな狼に懐かれているのは、彼が生物委員会に所属していた頃、怪我していたカミュを保護し助けた経緯があるからである。その流れで狼は一時期生物小屋で過ごしていたことがあり、山に帰った今も時折小屋に遊びに来ているらしい。
 そのこともあり、文次郎は孫兵にカミュを紹介した。生物委員会委員長代理がいない間、彼が小屋の生き物たちの世話をしやすいようにとの配慮だ。
事情を知ったカミュは実に好意的になっているようであり、ジュンコを説得したり、孫兵達の委員会活動に寄り添っていると聞く。正直信じられない話だったが、今の光景を見るに真実なのだろう。しかし、懐いているのは生物委員会のみなため、他の子達を呼ぶことは出来なかった。
 因みに名前の由来は伸一郎も知らない。

「カミュ、力を貸してほしいんだ。頼めるか?」
「僕からもお願い、カミュ」

 文次郎と孫兵の頼みに、カミュはお座りをして頷いた。人の言葉が理解できるのかと驚いてはいけない、カミュは普通の狼ではないのだから。

「伸一郎」
「はいよ……そんな目で見るなよ、カミュ」

 カミュの前に饅頭を置くと、お前かよと言う目で見られた。それに思わず睨み返すと、文次郎が後ろから頭を叩く。地味に痛い。
 唸り声を上げて蹲るが、文次郎は気にせずカミュに相談をする。

「昨日話した奴だ。こっちが蜜入り饅頭、こっちが根っこ入り饅頭。問題は根っこ入りの方で、俺と伸一郎が食べても大丈夫だろうか?」

 話を聞いたカミュが立ち上がり、饅頭に鼻を寄せた。蜜入り饅頭、根っこ入り饅頭をスンスンと嗅いだ後、文次郎の体に鼻を寄せて匂いを嗅ぎ、ついでに嫌々ながら伸一郎の匂いを嗅ぐ。もう一度蜜入り饅頭の匂いを嗅ぎ、コクンと頷いた――カミュは食べても大丈夫だと判断したのだ。

「大丈夫か。よし伸一郎、食うぞ」
「ええー……これ食うのかぁ……」
「仕方ないだろう、俺達は蜜入り饅頭を食べているんだ。味の濃淡は問わない!」
「もうそういった問題じゃない気がするー……」

 恐る恐る根っこ入り饅頭を見る。煎じた時よりも匂いも色も落ちてはいるが、それでも食欲を激しく損なわせ、食べたら即吐き出すのが目に見えている。
 それでも。伸一郎は意を決して饅頭に手を伸ばした。すでに食べる準備万端の文次郎と顔を合わせ、せーのと声を合わせる。

「いただきます!」

 二人同時に叫び、口の中に入れ――文次郎は蹲り、伸一郎は首を傾げた。

2017/02/05
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