――来た、とそう伸一郎は直感した。
 フラフラと勝手に向かう足。そこに己の意思はない。伸一郎は目を閉じた。ゆっくりと息を吸って吐き出し、恐る恐る目を開ける。

「こんにちは」
「……ちわっす」

 そこには、三回目となる花壇があった。しかしそこに以前のような美しさは無い。花は枯れており、茶色く萎びている。土はひび割れ、雑草が生え出しており、手入れを怠っているのが見て取れる。
 そこでたった一人だけ優雅さを保っている女が、伸一郎を見て嬉しそうに笑った。伸一郎は目を細めて頭を下げたが、決して近寄らず距離を保つ。

「この花の根を、取りに来たのでしょう?」
「……いいの?」
「前にも言ったでしょ? この子達が欲しくなったらあげるって」

 そうだっけと伸一郎は記憶を呼び起こそうとして、直ぐに諦めた。今のこの状況、自身の記憶さえ信じるに値しない。

「なぁ、お姉さん。確認したいことあんだけど、いい?」
「何かしら?」
「お姉さんって、天女サマのお仲間?」

 直球過ぎる質問に、女は益々笑みを浮かべた。

「いいえ、私達は仲間に非ず。彼女は可愛いお人形よ」
「……この根っこを持って帰るってことは、少なくとも天女サマの意思に背くことになるけど、いいの?」
「ええ、構わないわ。もう終わったもの」
「終わった?」

 見過ごせない言葉に、伸一郎は眉をひそめる。
 女は顔色一つ変えず、笑みを浮かべたまま花を指差す。

「私達はここから立ち去るわ。後は貴方達の好きにして頂戴?」
「……そう」
「あら、それだけ?」
「俺の目的はそこの根っこだから。それに、お姉さんの話を覚えているかどうかも分かんないし」

 何より、今女の機嫌を損ねてそれすらも失う訳にはいかない。本音を言えば掴みかかり無理やりにでも聞き出したいが、圧倒的に己に不利な状況下でそれをするほど馬鹿ではない。
 女はそうと納得して見せた。くるりと踵を返すと、ふわりと長い服の裾が舞い上がる。

「貴方達が可愛いお人形のオトモダチを元に戻した時、学園も元に戻すわ。そうして物語はハッピーエンドを迎える」
「……天女サマは?」
「フフッ、悪役が成敗されるのを含めて、ハッピーエンドと言うのでしょう?」

 その悪役に、彼女たちは含まれていないのだろう。何よりも成敗されるべき存在だと言うのに。

「そう、ならお姉さん」

 見下されているのではない。眼中にすら入っていないのだ。そのことに気付いた伸一郎は、どこまでも上にいる女に初めて牙をむく。

「あんたのハッピーエンド、俺のハッピーエンドに塗り替えてやるよ」
「まぁ、楽しみ!」

 クスクスと笑う声が響く。鬱陶しいそれに目を閉じて頭を振り、再び開けた時。
 目の前には、屋根の上から見下ろせる学園の光景。そして手から皿の破片は消え、代わりに根っこから抜かれた枯れた花の束があった。

2017/02/05
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