「――お前の話は分かった。そうすると、幾つか策は見つかりそうだな」 『助けて』 「それは、良かった、デス……」 十キロ算盤地獄から解放された伸一郎は息も絶え絶えな様子で倒れている。 彼は『重要なことを忘れていた』ことに制裁されたと思っているが、そうではない。 怒られるかもしれないと後回しにしたことを、文次郎は怒っているのだ。 しかし六年生にもなってそのことに気付いていない方が馬鹿なのだ、と訂正せずそのままにしておく。 「しかし厄介だな……お前が引っかかるまで思い出せずにいたとなると、俺達もまた似たような術中に嵌っている可能性も否めなくなった」 『助けて』 「……また何か、忘れているかもしれないってことか?」 「『色狂い花』の匂いは人の意識を操る、と考えると、伸一郎に思い出せないようにしたのもそれかもしれない」 『助けて』 「待って、それだと俺怒られ損……」 「天女を前にすると思い通りに体が動かなくなる、が匂いのせいだとしたら……いや、それだと他の奴らがあそこまで入れあがっていた説明にならない。人によって効果が変えられるのか……? それともまた別の力が……?」 『助けて』 「もしもし? 聞いてる?」 伸一郎は無視して思考の海に沈む。 饅頭、と聞いて思い出すのが、あの仙蔵たちが変わる前の日の事だ。あの日、確かに彼らは饅頭を食べていた。小平太が『先生』から貰ってきたという饅頭を。 果たしてその『先生』とは誰の事だったのか。下の子達もまた同じように食べていたのか。 そこまで考えて、ふと気づく。 ――己のまた、同じ饅頭を食べていたことに。 「――あぁあああー!?」 『助けて』 「えっ、何!?」 「まっ、まずい……」 『助けて』 「だから何が!?」 「その饅頭、俺も食ったかもしれねぇ……」 『助けて』 「……うわぁ、それはヤバい……」 ヒクリ、と顔を引きつらせる。とっくの昔に消化され栄養分となっているだろうそれを、吐き出すことは不可能。 「……待った。そういや俺も、お前の後輩の田村から饅頭貰って食べたような……」 「お前も!?」 『助けて』 そしてそれは、幼馴染も同じこと。 「田村がえーっと、五年生の誰かから饅頭をもらって、俺もおすそ分けで貰って……でもあれクソ甘くて食えたもんじゃなかったような……」 「そうか? 皆美味いって食っていた覚えがあるぞ」 『助けて』 「うっそだー!? あんなクソ甘ぇもん食べ物じゃなかったって! 俺吐きそうになったんもん!」 「……人によって味が変わるのか……?」 『助けて』 一先ず、五年生、四年生もまた饅頭をもらったことが分かった。恐らく食べているだろう。味の事は今考えても仕方ないため、横に置いておく。 重要なのは、仙蔵たちがあんな風になったのは、間違いなく『色狂い花』が関与していることが判明したことだ。 「伸一郎、俺達はまだ情報が少ない。向こうがどれだけいるのかも分からない今、迂闊に動くことは出来ない」 『助けて』 「うん」 「……だが、その中でも出来ることはある」 『助けて』 バン、と開いたままだった書物の項を手で押さえる。長次が見れば間違いなく怒られる所業だが、今この場にいないため気にしない。 「ここに書いてある、『色狂い花』の解毒方法。これが正しいのなら、仙蔵たちをあの洗脳から助ける手段となる」 『助けて』 「えっと……根っこを煎じて、蜜と同じ方法で体に取り込む、だっけ? この場合饅頭に混ぜて食べるになるのか、なるほど」 「だから、行って来い」 『助けて』 「……ん?」 「探すんだ、伸一郎」 『助けて』 ポカンとする幼馴染に、文次郎は命じる。 「お前が見つけたその花壇を、探してこい」 『――』 2017/02/05 prev 栞を挟む next [目次 表紙 main TOP] |