『おふみ』から通常の姿に戻った文次郎を見て、伸一郎は深く息を吐いた。これからどんな制裁が加えられるのかを考えると、憂鬱でしかない。
 然しながら、話さない訳にはいかないのだ。ぐっと腹に力を込めて、伸一郎は覚悟を決める。

「文ちゃん、俺は気付いてしまったことがあります」
「なんだ?」
「……結論からの説明がいい? 一から順に説明してからの結論がいい?」
「お前の話しやすい方でいいぞ」

 話しやすい方となると、後者になる。ただ単純に怒られるのを先延ばしにしたいだけだが。

「あのですね」
「おう」
「そもそも俺達、前提が違っていたんじゃないかと思ったんだ」
「前提?」
「――天女サマ『一人』だけの仕業ってところが」

 スッと、文次郎の目が細められた。無言で続きを促され、乾く唇を一舐めしてから言葉を紡ぐ。

「まず、俺達はこの……一応事件ってことにしておくけど。天女サマが中心にいるから、この事件は全て天女サマの仕業だと思っていた。でもさ、聞いた話によるとだけど、天女サマって不思議な力以外は至って普通の人なんだろ?」
「仙蔵や鉢屋達の見解だな」
「俺は見たくもないから徹底的に避けていたし、文ちゃんもそれどころじゃなかったからそうは思ってなかったけど……そいつらの目を信じるとなると、最初の前提のところが揺らぐ」

 どうやって、『普通』の人がこのような事態を引き起こすことが出来るのか。

「俺達はその前提を裏付けるために、天女サマは『普通』に見えるけど不思議な力を持ってている『普通じゃない』子、と考えていた」
「……そうだな。あいつらを操る何かしらの力は、あいつのもので違いないだろう」
「――でも俺達は、操られているあいつらは見ていても、天女サマが実際にその力を振るっている所のを、見たわけじゃないんだ」
 
 沈黙が二人を包む。ばくばくと激しく鳴り響く心臓の音は、果たしてどちらのものか。

「証拠が、ない。不思議な力が今学園を襲っているのは確かだけど、本当にそれが天女サマの仕業なのか、決定的な証拠が足りないんだ」
「……証拠か」
「もう一つ、ずっと気がかりだったことがある――どうして先生……だけじゃない、学園の大人は揃いも揃って『普段通り』なのか」

 文次郎の表情は変わらない。同じように疑問に思っていたのか、将又伸一郎の考えをより細かくまとめているのか。どちらにしろ、話自体は止められていないので続ける。

「俺達が帰ってきた時、天女サマに異常な位入れ込んでいたのは俺達を除く上級生達だけだった。でも、立花達がああなった後は、一部の下級生を除いてその殆どが『普段通り』に戻っている……多少天女サマ万歳、な所はあるけどさ。それでも、天女サマが来る前とほとんど同じなんだ、『先生』達と同じように」
「……そこは伸一郎だからこそ、気付けた点だな」
「修道趣味の奴も安定して男漁りしております」
「それはいらん情報だ」
「でさ、俺、ずっと不思議だったんだけど……別に天女サマ至上主義! な感じのままでも良かったんじゃねえのって。なんでわざわざ、『普段通り』に戻す必要があったんだ?」

 ゆらり、と文次郎の目が初めて揺れ動いた。一瞬だけだったが確かに露わになった動揺に、伸一郎の口は止まらない。

「天女サマに得なんてない。じゃあ誰に? 誰が、立花達以外が『普段通り』でいて得をする? 学園の征服を狙うなら、それこそ天女サマにメロメロ状態のままの方がいいはず、先生たちだって同じ状況にした方がよっぽど利口だ」

 こんなに真面目に話しているのは久しぶりかもしれない。妙に口が動くのをどこか他人事のように伸一郎は思った。

「俺さ、天女サマの目的が、本当に立花達を侍らすだけにしか思えないんだ。なら、どうして学園の外から人が入れないんだろう、どうして先生たちはそのことについて調べられたくないんだろう、どうして――この学園はこんなにも、『普段通り』でいないといけないんだ?」

 なぁ、文ちゃん。俺、気付いちゃったよ。気付いて、しまったんだ。

「いるんだよ。天女以外に――何かを企む奴らが、この学園に!」

2017/02/02
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