「あっ、潮江先輩……じゃなくておふみさん!」 「あら、左門」 利吉と情報交換をし終え学園に帰ってきた文次郎は、化粧を落とす前に後輩と出くわした。 汚れた制服から裏山を駆け回っていたと見て取れる彼に、文次郎は条件反射の域での苦笑を浮かべる。 「また迷子になっていたの?」 「会計室がどこかに行ってしまったんです!」 「なら、一緒に行きましょう?」 本来であれば呆れている所であるが、女装時にそれをすれば間違いなくボロが出てしまう。故に素直に手を差し出せば、左門はパカリと口を開けしばし文次郎を見つめた後、嬉しそうに破顔して手を取った。 「今日は委員会に来れるんですね!」 この姿のままで委員会に出ろと言われているのだろうか。 文次郎は言葉に詰まり、曖昧な笑みを浮かべ受け流すことにした。 手を握っていてもあらぬ方向に行こうとする左門を引っ張りながら、会計室へと向かう。辺りはとても静かで、何時もなら聞こえる下級生の遊ぶ声もしない。 出掛けている間に何かあったのだろうかと考えていると、左門がそれに気付いたらしく訳を答える。 「委員会所属の者達は今委員会活動中です。それ以外は多分食堂です」 「食堂に?」 「……天女サマが今、甘味作りをしているらしくて……」 フッと左門は目を伏せた。 察するに、そこに上級生も集まっているのだろう。そして中心にいるのは、今現在文次郎達が救おうとしている者達に違いない。 「先ぱ、じゃなくておふみさん」 「なあに?」 「本当に、先輩達操られているのでしょうか?」 「……どうしてそう思うの?」 「だって、田村先輩、楽しそうに笑っていたんです」 ズビッと鼻を啜る音が響く。左門は潤んだ目で文次郎を見上げ、溜めていた不安を打ち明ける。 「皆、楽しそうにしているんです。僕達は辛いのに、先輩達が可笑しくなって悲しいのに、笑っているんです」 それは恐らく、三年生に共通する不安なのだろう。操られているという保証を彼等は持っておらず、天女が悪いという証拠も無い。 手探りの中で行われる救出作戦。その中心にいるのが左門含めた三年生。 責任重大なそれも相まって、疑問と不安は大きくなるばかり。 それでも。 文次郎は足を止め左門と視線を合わせるように屈み込んだ。目尻に溜まる涙を指で拭い、安心させるように笑いかける。 「私には、彼等が本当に楽しそうにしているとは思えないわ」 「どう、して?」 「だって、目が悲しそうなんだもの」 左門の目が大きく見開いた。 目が、と繰り返したのでそうよと頷く。 「よく見てご覧なさい。そして思い出して、天女サマが来る前の彼等を」 例え顔が笑っていても。楽しそうにしていても。それが無理矢理によるものならば、どこかに助けを求める信号がある。 それが最も出やすいのが目。その人の感情が最も顕著に現れやすい、自分自身では確認出来ない無防備な所。 「そうすればきっと、左門にも分かるわ」 だって私の後輩なんですもの。 そう続ければ、左門は数回瞬きをした後力強く頷いた。不安と疑問はこの問題が解決するまで晴れることはないだろう、それでも助けたいという気持ちが強ければ、それでいいと思っている。 再び立ち上がり、左門の手を取って歩き出す。方向音痴の彼の表情は先程に比べてどこか明るくなっているのは、気のせいではないはずだ。 「先輩、やっぱり今日はおふみさんのままでいてください!」 「それはちょっと……」 「無理でしたら、明日もおふみさんでお願いします!」 「……明日もはきついから……」 強請ってくる後輩から視線を反らし、遠い目をする。 この格好、正確には“おふみさん”は精神的負担が大きい。死ぬ気の女装を連続でしてしまうと発狂する自信がある。 「左門、どうして?」 「だっておふみさんの時、先輩何時もより優しくなりますから」 にべもない回答に、文次郎はひたすら沈黙を貫いた。 「あー、お帰りおふみちゃん」 「伸一郎」 何とか会計室に左門を押し込み自室に戻っている時、幼馴染みと遭遇した。因みに会計室には一年生コンビの団蔵と左吉がいたのだが、何か聞かれる前に逃亡した。恐らく左門が何かしら言っているはずなので、明日が怖い。 「どうだった?」 「何時もと変わらずよ」 「そっかー」 へにゃりと力無く笑う伸一郎に、文次郎は首を傾げた。様子が可笑しいのは一目瞭然だが、その原因が何なのかは分からない。 「伸一郎?」 「あのさー、話があんだ。出来れば二人っきりで」 「今から?」 「俺としては、優しいおふみちゃんと話がしたいなーなんて……」 駄目かな、と力無く聞いてくる幼馴染みに、文次郎はしばし考えニッコリと笑う。 「今から化粧を落として来るから、少し待っていてくださいな」 「……やっぱ駄目かー……」 ガクリとうなだれる伸一郎に、文次郎はべえと舌を出した。 20140208 prev 栞を挟む next [目次 表紙 main TOP] ![]() |