一方その頃忍術学園では、閲覧不可の書物が保管されている離れの小屋で伸一郎が文机に突っ伏していた。

「うげえぇ……目が回るうぅ……」

 文机には巻物、その周りには高く積み上げられた本の山。文字通り書物に囲まれているこの状況に、座学よりも実技が得意であると自負している伸一郎は目を回す。ここに幼馴染みがいれば「鍛練が足りん!」と怒られていただろう。
 バタンと後ろに倒れると、天井にまでそびえ立つ棚が視界に入った。定期的に掃除はしている為埃はないが、隙間があるのかどこか寒く感じる。あとで見つけて修理しなければと頭の片隅で思う半面、どうして俺がこんなことをと今更だが思う。

「なーかざーいけー、やっぱり俺に委員長代理なんて無理っすよー!」

 届け心の叫びよ!
 ふざけてみたが一人きりなので誰にも突っ込まれず、虚しい気持ちに襲われる。
 こうなった原因は数日前、文次郎が熱で倒れ、それに長次が見舞いに来た日まで遡る。


*-*-*-*-*


「……お前に、図書委員長代理を任せたい……」
「……はっ?」
「……頼む……」
「……ちょっ、ちょっと待ってくれ! いきなりそんなこと言われても……っ!」

 忘れ思わず叫んでしまった伸一郎は、タイミングよく唸った文次郎でハッと我に返った。慌てて見れば、まだ幼馴染みは夢の中の様子。起こさなかったことに安堵しつつ、長次に胡乱げな目を向ける。

「悪いけど、俺そこまで物分かりよくねえんだわ。説明してくんねえ?」
「……どこまで、聞いている……」
「お前達に関することは何にも聞いちゃいねえよ」
「……そう、か……」

 長次は文次郎を一瞥し、また伸一郎に戻した。その目が何を語ろうとしているのか、生憎伸一郎には分からない。

「……閲覧不可の書物を、保管している小屋がある……そこにある書物は全て、我々忍たまに不必要だと学園長が判断されたものだ……」
「学園長が?」
「……学園長の私物、とも言って良いだろう……図書委員長は代々、そこの管理を任されてきた……」
「……あっ、何か話読めてきたかもー」

 同時に嫌な予感がした為、語尾が伸びる。

「今の天女サマの力が、その閲覧不可の書物に書かれているかもしんないってことー?」
「……手掛かりはあると、思っている……」
「で、今まで中在家はそれを探していたとかー?」
「……その通りだ……」
「それで今、その役割を俺に譲ろうとー?」
「……頼む……」
「いや、無理だし」

 にべもなく断った。
 えっとポーカーフェイスに悲しみの表情を浮かべる長次に、然し伸一郎は無理と首を横に振る。

「……なんで……」
「理由は幾つかあんけど、まず俺は本を読むと眠くなる。この対策で文ちゃんと一緒に仲良く読むがあるけど、今回は却下」
「……」
「次に、俺は博打は打たない主義だ。確実にこの状況を突破出来る為の本があんなら探すけど、あるかないかも分からないそれに時間を費やすつもりはない。それよりも俺は文ちゃんを支えたい」
「……」
「あと、その閲覧不可の書物は図書委員長だけなんだろ? 今まで図書委員会に無縁だった俺をいきなり『代理』にした所で学園長が許すとは思えなし、俺には何かあった時に責任を負う覚悟はない」
「……」
「何より俺に利益が……何だよその目は」

 つらつらと理由を挙げると、長次は口をへの字にした。今度は目が何を語っているのか分かる。目は雄弁に語っていた、納得いきませんと。

「中在家、適性所在ってもんがあんだろ。悪いけど俺には無理」
「……松平だから出来ると、私は思っている……」
「そう思った理由が謎過ぎるんですけどー」
「……文次郎が、関わっているからだ……」

 スウッと、伸一郎の目が細まった。長次は文次郎の方を見、何時にも無く饒舌に話し出す。

「……私達は、文次郎に頼りすぎた……頼り過ぎた結果、文次郎は倒れてしまった……」
「……」
「……だが、それでも文次郎の存在は大きかった……文次郎が倒れた今……私達は何時操られても可笑しくない状況にいる……」
「……」
「……私達が操られた時、誰よりも悲しむのは……文次郎だろう……」

 長次の手が文次郎に伸び、だが触れる前に引っ込んだ。触ってはいけないと思ったのか、膝の上で握りこぶしが作られる。

「……恐らく文次郎は、己のせいだと自身を責める……文次郎のせいではないのに、苦しんでしまう……」
「……」
「……そして、探すだろう……私達を助ける手段を……」
「……だから、俺か」

 チッと舌打ちをし、伸一郎は乱暴に頭を掻く。漸く長次が何故こんなにも無謀な頼みをしてきたのか理解出来た。
 極端な話、件の少女に狙われる者達と伸一郎は無関係である。顔見知りでもなく親しくも無い者達ばかりで、狙わている彼等よりも心配なのは操られているのかそれとも本心なのか分からない友人達なのだ。
 だからこそ、伸一郎は文次郎が駆け回っているのを見ていた。文次郎の気が済むならそれで構わないと、傍観者の立ち位置を貫いてきた。彼等が操られようが操られまいが、どうでも良かった。
 然し、文次郎が関わるとなると話は別である。
 文次郎が泣くのなら。文次郎が悲しむのなら。文次郎が悔やむのなら。文次郎がこれ以上無茶をするのなら。
 伸一郎はどんな手を使ってでもそれらを排除し、どれだけ苦労しようとも負担を取り除く。
 それを知った上で、この話を持ち掛けてきたとすれば。

「利用出来るもんは利用するってか……」
「……」
「嫌いじゃねえよ、その考え。利益が一致してるなら文句はねえ」
「……私は、」
「いい、興味ねえから。文ちゃんを思って俺を選んだのか、この状況を何とかする為に文ちゃんを利用したのか、どっちでもいいし責めるつもりはない」

 伸一郎のともすれば不快になる言葉に声を上げようとした長次を抑える。伸一郎にとって重要なのは利益が一致であり、本心はなんでも構わない。
 冷たい、とクラスメイトのお人好しは言うだろう。だが伸一郎に改める気は更々無い。

「わかった、お前の話は引き受ける。出来れば紙に書いていて欲しい、文ちゃんを簡単に説得する道具になっから」
「……用意しておこう……」
「だがこれだけは忘れんなよ。俺は文ちゃんの為にしか動かねえ」
「……承知の上だ……」


*-*-*-*-*


 それから長次の予想通りになり、文次郎は手掛かりを探そうと躍起になっている。もしも伸一郎が代理に任命されていなければ、彼自身が代理を担い探していただろう。
 引き受けたことを後悔はしていない。文次郎の為と思えば文字を追うことも苦痛ではないし、何が起きようとも責任を追う覚悟がある。あるかないかも分からない書物を探すのだって苦痛ではない。

「つくづく思うけど、俺って最低最悪人間だよなー」

 そう、これは文次郎の為であり、今苦しんでいる一部の上級生達の為ではない。
 伸一郎の本心を知れば、下級生達は悲しむだろうか。それとも忍たま特有の理解の良さを発揮するだろうか。
 伸一郎の脳裏に「最低!」と顔を歪めて叫ぶ後輩達の姿が浮かんだ。それにクッと口角を上げる。

「さて、探すとしますかね」

 ムクリと起き上がり、積み上げている書物に手を伸ばす。
 心が一瞬痛んだのは、気のせいだろう。

20131028
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