「あの話にそんな裏があったのですね……」 委員会活動が始まり今日の活動が見回りに決まったことを告げれば、五年生の小田徳ヱ門が微妙そうな表情を浮かべた。どういうことか目で問えば、実はと面目なさ気に話し出す。 「その『女の幽霊』を最初に見たのは、体育委員長代理なんです」 「体育かが?」 「はい。なんでも、夜間マラソンに体育委員会を引き連れて行った時に小屋を見付け中に入り、女の幽霊と出くわしたと……」 体育委員会なら有り得そうなことに、聞いていた者達は口を噤む。そんな中空気をぶち壊すかのように手を挙げたのは、三年生の蓬川甲太と乙太の双子だった。 「小姓先輩、どうして幽霊だって思ったんですかー?」 「確か体育委員長代理って、小姓先輩の知り合いでしょー?」 癖者揃いの会計委員会の中でも一等異彩を放つ存在でもある双子に、徳ヱ門はコテリと首を傾げさあ?と返す。 「よく分かりませんが『生きている感じがしなかった』と彼は言っていましたよ」 徳ヱ門は異様に影が薄く気配が無い為、普通に話しかけただけで驚かれる、もしくは気付かれないという事が多々ある。そういった点では幽霊と間違われても仕方ないのかもしれない。 その徳ヱ門と比較的交流がある体育委員長代理が、幽霊と認識した女性。 独特の世界観を持つ双子の何かにそれは引っ掛かったらしく、双子の目に明らかな興味の色が浮かぶ。 そして「面白そうっすね」と楽しげな声を上げた者もいた。 「ぶっちゃけ幽霊だろうが女山賊だろうがどっちでもいいんすけど、『肝試し』自体は前々から面白そうって思ってたんすよね」 「おや、林蔵も知っていたのですか?」 「四年生の間では持ち切りだったんで」 会計委員会の中では比較的常識人と言われている四年生の御園林蔵は、ニッコリと整った顔に笑みを浮かべた。癖者揃いな中で目立たないだけで、彼もまた面白ければそれでいいという愉快犯的な面を持ち合わせている。 「それで、仁ノ助先輩はどう考えてんすか?」 「……学園に害成す存在であれば、幽霊だろうと山賊だろうとすべきことは変わらない」 「ですよねー」 「それでこそ委員長です。それでは参りましょうか――ああ、文次郎はいいですよ。今日は部屋に戻りなさい」 徳ヱ門の言葉に、腰を浮かせた文次郎はえっと驚きの表情を浮かべた。やはりついて来るつもりだったらしく「何でですか!?」と慌てている。 「体調が悪い子を連れてはいけないからです。今日は部屋に戻って休みなさい」 「文次郎、徳ヱ門先輩の言う通りだ。顔色悪いて隈もあるお前を幽霊が見たら、仲間だと思われっぞ」 「なっちゃん、幽霊は僕達に任せて!」 徳ヱ門も林蔵も双子も、文次郎を案じての言葉だった。然し文次郎は「駄目ですっ!」と珍しくも先輩である三人の言葉に反論する。 「幽霊は、強い『想い』に縛られている存在なんですっ! もし先輩達が『想い』を刺激したら、襲われるかもしれないっ!」 「……もっ、文次郎?」 「お願いします、俺も連れていってくださいっ!」 文次郎の必死の懇願に、何よりも『幽霊』の存在を肯定する言葉に、徳ヱ門達は目を見開いた。一人表情が変わらない仁ノ助は、ジッと文次郎を見つめる。 仁ノ助は妖怪や幽霊の存在を信じていない訳ではないのだが、認めている訳でも無い。京の都にある朝廷には全盛期であった平安から時を過ぎた今でも陰陽寮が存在し、陰陽道も忍者と関わりを持っている。故にそういった類が存在するということは分かるのだが、未だかつて目にしたことがない為何とも言うことが出来ない。 後輩の言葉を認め連れていくか、それとも療養を重視し部屋に帰らせるか。 「いいだろう」 「委員長!?」 「仁先輩……っ!」 仁ノ助の選んだ答えは、文次郎を連れていくだった。目を潤ませ見上げてくる文次郎に、仁ノ助は重々しく口を開く。 「これは委員会の一貫だ。一切の弱音を吐くのは許さないからな」 「はいっ!」 「そしてこれは委員長命令だ。本日の活動が終わり次第、医務室に行き容態を診てもらえ」 「……分かり、ました」 「……行くぞ」 譲渡する代わりに出した命令に文次郎は渋々と言った風に頷いたが、仁ノ助はそれで満足だった。この後輩は尊敬する先輩の言うことには非常に素直になる、見回りが終われば命令通りに医務室に行くであろう。 障子を開け廊下に出る。その後を文次郎と双子が続く。 「徳ヱ門先輩、いいんすか?」 「委員長がいいと仰ったのですし、いいでしょう」 「……狂信者なあんたに聞いた俺が馬鹿でしたよ」 そして、仁ノ助の狂信者であるが故にあっさりと文次郎の同行を認めた徳ヱ門、どうしても心配が拭えない林蔵が、部屋の蝋燭を消して仁ノ助の後を追った。 裏裏裏山を利用するのは主に上級生であり、その目的は自主鍛練である。その為裏山に比べて獣道も多く、危険な動物も多くいる。 「先輩、カミュも連れていっていいですか?」 「……構わん」 「有り難うございますっ!」 その危険な動物を『ペット』に出来る文次郎には、もしかすると動物使いの才能でも眠っているのかもしれない。 目の前に広がる光景に、林蔵は心からそう思った。 「なっちゃん、その狼は?」 「カミュです。俺が生物委員会にいた時に保護して、それから友達になったんです!」 やたらと大きい狼に頭を擦り付けられている文次郎が、双子の質問に笑顔で返す。狼――カミュも立派な尻尾を犬のように振り喜びを表現している。 このカミュだが、匂いでも嗅ぎ付けたのか突然文次郎達の前に現れたのだ。いきなり文次郎が狼に飛び付いたのを見た時は心臓が飛び出るかと林蔵は思った。 チラリと表情一つ変えることがなかった仁ノ助を横目で窺う。その視線に気付いたのか「なんだ」と目を向けられる。 「委員長は知ってたんすか? あの狼のこと」 「……文次郎に懐く狼がいることを、誠八郎から聞いていた。名前は知らなかったが、共にいるのを何度か見かけたこともある」 「……ああ、思い出しました。あのカミュと言う狼、以前生物委員長達と共に来たことがありましたねえ」 「ええ、あの時の!?」 思い出せてスッキリしたのか、晴々とした表情を浮かべる徳ヱ門に、林蔵は声を上げる。 確かに以前誠八郎達と共に狼で乱入してきて一悶着起きたことがあったが、林蔵は誠八郎の狼だとばかり思っていた。 だが、それを仁ノ助が一蹴する。 「あれは予算を得る為に、狼を使うことはしない」 誠八郎は学園でも有名な狼使いである。同時に生き物を大切に扱うことに人一倍情熱をかけていることでも知られており、確かにそうだと思わず納得してしまった。 カミュが文次郎の頬に顔を擦り寄せ、グルルと優しく唸る。文次郎はそれに頷き「仁先輩」と仁ノ助を振り返る。 「カミュが近道を知っているから、ついて来いと言っているんですけど、どうしますか?」 「なっちゃん、狼の言葉分かるの!?」 「……えっ、えと、何と無く……?」 双子の驚きの声に、文次郎は曖昧な笑みを浮かべ首を傾げた。仁ノ助はやはり表情一つ変えず、カミュを一瞥する。 「宜しく頼む」 仁ノ助の言葉に、カミュは言葉を理解しているのか一つ頷いた。軽やかな動作で地面を蹴り、仁ノ助達が行こうとしていた道とは別の方へと向かう。 狼ではなく懐かれる文次郎に興味が沸いたらしい双子が質問攻めしながら、三人がその後を追う。仁ノ助は行こうとしていた道を一瞥してから三人に続いたので、徳ヱ門と林蔵も続く。 カミュは六人のペースに合わせて先に進んだ。ついて来てるか立ち止まり確認し、追い付いた所でまた走り出すという利口さに、林蔵が感嘆の声を出す。 「あのカミュって狼、かなり利口っすね」 「そうですね。普通の狼よりもかなり大きいですし。山の主か何かでしょうか」 「……生物小屋の頂点にいると、誠八郎が言っていた。そのため、文次郎にも歯向かわなくなったと」 「文次郎にも?」 「あれの飼い主は文次郎らしい」 「飼い主、ですか」 仁ノ助の言葉を繰り返し、徳ヱ門はフフッと小さく笑った。それにどうしたのか聞けば、いえと柔らかい笑みを返される。 「先程文次郎が『友達』と言っていたのに、生物委員長からすれば『ペット』に見えることが、少々可笑しくて思えて……」 端から見れば穏やかな徳ヱ門。だが親しい者達から見れば直ぐに分かる、その穏やかさの奥に隠された悍ましい毒の存在。 間違いなく誠八郎への皮肉を滲ませているそれに、林蔵は乾いた笑みを浮かべるしか無かった。 「先輩、小屋がありました」 そうこうしている内に小屋に着いたらしく、前方にいた文次郎が仁ノ助の元に駆け戻って来た。本当に近道だったらしく、木々に隠れた小屋が遠目にも見える。 近付いていくと、小屋から少し離れた所で木々に隠れるようにしてカミュが待っていた。文次郎が駆け寄りその頭を撫でると、グルルと嬉しそうに喉を鳴らす。 茂みに隠れるようにしてしゃがみ込んだ仁ノ助にならい、徳ヱ門と林蔵も隠れる。 夜だからかおどろおどろしい印象を与える小屋を注意深く観察すると、中で誰かが動いているのが見えた。例の女かと林蔵が身構えると〈大丈夫ですよ〉と矢羽音が飛んでくる。 〈あれは甲太と乙太です。先に中に入ったみたいですね〉 若干の呆れを見せる徳ヱ門のそれに、林蔵は崩れ落ちそうになった。 〈あんの双子……っ! 勝手な行動ばかり取りやがって……っ!〉 怒りで身体が小刻みに震える。取っ捕まえようと茂みから出た時、小屋から双子がひょっこりと出て来た。 「組頭委員長ー、中には誰もいませんでしたー」 「代わりに一杯装飾品が落ちてましたー」 「勝手な行動取ってんじゃねえぞ偏食悪食双子!」 「わー! さっちゃん先輩が怒ったー!」 「さっちゃん言うなー!」 呑気に手を振りながらこちらに向かって来る双子。だが途中で乙太が足を止め、二人同時に「痛っ!」と叫ぶ。 「おーた、大丈夫?」 「大丈夫だよ、こーた」 「簪ここにも落ちてたんだね」 「暗くて気付かなかったね」 どうやら外にまで出ていた装飾品を乙太が踏んだらしく、ヒョイと甲太が拾った。 それに、今までオロオロと双子と先輩三人を交互に見ていた文次郎が叫ぶ。 「こーた先輩っ! それに触ったら駄目ですっ!」 「えっ?」 驚愕と恐怖、そして焦りが入り混じった叫びに、双子がキョトンとする。どうして、と言おうとしたその瞬間、足首にヒヤリとした感覚が双子を襲った。 途端、ゾワリと背筋に悪寒が走る。鼓動の速さが増し、嫌な汗が身体中から吹き出る。 見ていた林蔵達も息を飲んだ。突然現れた白い手が、甲太の足首を掴んだことに。 『か……え……せ……』 ズルリと、双子の後ろでから何かが這いずる音が響く。 『か……え……せ……』 極度の緊張状態に包まれた刹那、けたたましい叫び声が会計委員会の耳を劈いた。 20130520 prev 栞を挟む next [目次 表紙 main TOP] ![]() |