※ホラー要素あり。初代組とカミュで文次郎の『視える』話 『探しておくれ、探しておくれ、私の――を、見つけておくれ』 土に汚れたボロボロの着物、殴られたのか青痣ばかりの歪んだ顔、髪にこびりついた黒い血。 その姿は鬼のように恐ろしく、少年は悲鳴をあげた。 女の簪 下級生の遊ぶ声が、校庭の方から風に乗り届いて来る。学園が平和であるという証でもあるそれに、浜仁ノ助は穏やかな気持ちを抱いた。 然し、それが表情に表れることはない。忍者は感情を顔に出してはいけないと言われているが、浜のはそれすらも越え無表情の域に達している。その表情から感情を読み取れるのは、同じ委員会に所属する後輩の小田徳ヱ門位であろう。 故に何時もの通り厳格な雰囲気を身の纏い顔色一つ変えず、仁ノ助は目的地へと向かう。 「あっ、仁先輩っ!」 その道中、子供特有の甲高い声に名を呼ばれ、僅かにだが仁ノ助に変化が訪れた。 眉間に寄った皺はほんの少しだけ薄れ、厳格な雰囲気が僅かに和らいだのだ。 余程親しいか近い人にしか分からないその変化は、この学園の中では彼の同室者と徳ヱ門並びに御園林蔵、蓬川甲太と乙太、そして―― 「文次郎」 「仁先輩、今日はっ!」 ――この仁ノ助のことを愛称で呼んだ、潮江文次郎位であろう。 歩みを止め声の方を向けば、文次郎が嬉しそうに駆け寄って来ていた。その顔を見、薄らいでいた眉間の皺が再びキュッとひそめられる。 その微かな変化に気付いた文次郎は「どうかしましたか?」と首を傾げた。仁ノ助は徐にしゃがみ、文次郎の頬に手を添える。 「昨日よりも顔色が悪い。隈も濃い」 「あっ、その、これは」 「眠れなかったのか?」 「……ごめんなさい」 何かを言おうとし、だが文次郎はシュンと落ち込み謝罪の言葉を口にした。 ここ数日間文次郎の顔色は悪く、委員会の最中でもコックリと舟を漕ぐことが多くなっている。然し不眠症を患ったのか眠れないらしく、下級生には似つかわしい隈を目の下に拵えている。 学園の運営にも携わっている会計委員会の仕事には、計算の速さと正確性が求められる。寝不足で注意力散漫、体調不良な状態では逆に支障を来してしまう。 そのため、昨日は文次郎だけ委員会を先に終わらせ部屋に帰したのだが、やはり眠れなかったらしい。 眠れと言われたのに眠れなかったことに文次郎は身を縮こませ、シオシオと項垂れる。 「先輩達に教わった通りに、色々と試してみたのですが……」 「眠らないのではなく、眠れなかったのだから仕方ない」 「……あ、う」 「今日の委員会は休み、医務室に行き保健委員長に相談して来い」 「っ、いえ、大丈夫です! ちゃんと帳簿つけられます!」 仁ノ助なりの気遣いだったのだが、文次郎は別の意味で捉えたらしく慌てた様子で首を横に振った。 それに、仁ノ助はどう言葉をかければいいか悩む。活動に意欲的なのは先輩としても誇らしいのだが、体調管理が出来ないのは頂けない。然しこの後輩はツボに嵌まればマイナス方面でしか物事を捉えなくなるという悪癖がある為、下手に言えば更に誤解して落ち込みかねない。 元より、仁ノ助は無口で口下手である。林蔵のように言葉巧みに誘導するのは苦手なのだ。 「遅刻は許さないからな」 「はいっ!」 結局仁ノ助が折れる形で、この話は終わった。 委員会参加を許可され嬉しそうに笑みを浮かべた文次郎は「仁先輩はこれからどちらに?」と尋ねた。それに仁ノ助は立ち上がりながら答える。 「飼育小屋だ」 「先輩もですか? 実は俺も行くんです」 一緒に行ってもいいですか、と期待と不安が入り混じった目で見上げて来る文次郎に、コクリと首を縦に振る。 可愛がっている文次郎の頼みを、仁ノ助が断ったことは今の所無い。 「おー、仁ノ助来たか……って、文次郎ー!」 「うわあっ!」 「今日も可愛いなあ文次郎!」 「櫻坂先ぱっ、苦し……っ!」 飼育小屋に着くと、目当ての人物――櫻坂誠八郎は真っ先に文次郎に飛び付いた。小動物にするようにギュウギュウに抱きしめ頬擦りしだし、文次郎がバタバタと手足を動かす。 過激な愛情表現に仁ノ助が唖然と――然し表情はやはり変わらない――していると、「こらーっ!」という声と共に藍色の制服が視界の隅で横切る。 「いい加減にしろっつってんだろこのショタコンがぁ!」 生物委員会の五年生が、見事な踵落としを誠八郎に食らわした。衝撃に腕を離したことで文次郎は解放され、素早く仁ノ助の後ろに逃げ込む。 「ってえ、何すんだこらっ!」 「可愛い後輩を魔の手から救っただけですが何か?」 「久しぶりに会えて喜んでただけだろ!」 「久しぶりも何も、あんた昨日も食堂で文次郎取っ捕まえてたじゃないっすか。文次郎、何もされて……」 先輩に対する態度とは言い難いそれに少しばかり驚いていると、五年生が振り返り仁ノ助を見て目を見開いた。 どうやら犯罪者一歩寸前の誠八郎と被害者文次郎しか見えていなかったらしく「会計、委員長……?」と冷や汗を流しながら独り言のように呟く。それにコクリと頷くと、大袈裟に後ずされられた。 「なななっ、何でここにっ!?」 「んなの、俺が呼んだからに決まってんだろ」 「はぁあああ!? アンタが呼んだぁ!? えっ、とうとうこくは――」 「違えよ! 単なる委員会の話だ!」 「――ですよね。アンタにそんな度胸ないですもんね」 「ようし、その喧嘩買った」 「……文次郎」 「何時もこんな感じなので、気にしないで大丈夫ですよ」 着いていけない事態に文次郎を見れば、かつて生物委員会だった後輩は全く動じた様子を見せずニコリと笑った。生物委員会は己の所は違い、五六年生の仲が悪いらしい。 止められるかと問い掛ければ、笑顔で頷かれた。仁ノ助の後ろから出て来、二人の間に割って入る。 「櫻坂先輩、梶ヶ島先輩。喧嘩は駄目ですよー!」 「っと、文次郎……」 今にも取っ組み合いが始まりそうだった二人は、だが割り込んできた文次郎を見てパッと今までの空気を霧散させた。それを見計らい三人に近付くと、用件を思い出しのか誠八郎が文次郎の背中を押す。 「文次郎、カミュに会いに来たんだろ? いつもんとこで待ってるから行ってこい」 「はい。仁先輩、また後で」 カミュという――響きからして生き物の名前なのだろう――言葉に文次郎は顔を輝かせ、仁ノ助に一礼してから走って行った。その後ろ姿を見送っていると、「なあ」と誠八郎に話し掛けられる。 「文次郎、まだ寝れてねえのか? 顔色も隈も、昨日より酷いじゃねえか」 「……本人は大丈夫だと言っている」 「心配なら、お前んとこの四年に頼めばいい。あいつなら文次郎を上手く誘導出来るだろうよ」 誤解を招く仁ノ助の物言いだったが、誠八郎は何が言いたいのか正確に把握した上でアドバイスをくれた。それに沈黙を持って返すと、「それでよ」と話を変えられる。 この誠八郎は『学園一の嫌われ者』と称されている仁ノ助を好く、ごく僅かな忍たまの一人である。六年間同室なだけあり仁ノ助のことをよく知っており、委員会上対立はしているがそれを抜きにすれば仲はいい方である。ただし、ほぼ毎日のように誠八郎が「嫌いだ」等と悪態をついている為、周りはそうは思っていないが。 因みに仁ノ助は、誠八郎の言葉が本心ではないと分かっているので対して気にしていない。誠八郎が仁ノ助のことを理解しているのと同じように、仁ノ助もまた誠八郎を理解しているのだから。 「『肝試し』の話は聞いているか?」 「……?」 「聞いてねえか。友成は?」 「えっ、俺っすか? 俺はまあ詳しくは知らないっすけど……」 話を振られるとは思っていなかった五年生――梶ヶ島友成が、しどろもどろになりつつも答える。 誠八郎は頷き、視線を仁ノ助に戻した。単なる『肝試し』の話ではなさそうなので、仁ノ助も口を開く。 「場所は」 「数ヶ月前、裏裏裏山に潜伏しやがった山賊がいただろ? そいつらの拠点だった小屋だ」 「……学園長は何と」 「何時もの思い付きで、各委員会で交代して見回ることになった。名目上は『幽霊の正体を明かせ』でな」 「……何時だ」 「早速で悪いが、今夜だ。学園長直々のご指名で、他の奴らもピリピリしてるから気をつけろよ」 「……すまないな」 「いいってことよ、気にすんな」 「……あの、全く着いていけないんすけど」 理解し合っている二人だからこそ主語を抜いても伝わるのであり、端から聞いていた友成にはさっぱり内容が分からなかった。 蚊帳の外になりつつあった友成の言葉に、二人がああと気付く。 「悪い、お前は知らないんだったな」 「知らないも何も、俺が聞いたのは『「裏裏裏山にある小屋に女の幽霊が出る」っていう噂が本当かどうかを試しに行くのが流行ってる』ってのなんすけど。それと山賊にどんな関係が?」 主に四年生以下の忍たまの間で流行り出した、幽霊を見に行くので『肝試し』。全く興味が沸かなかった友成は対して気にも止めなかったが、何かあるのだろうか。 誠八郎は仁ノ助を一瞥し、仁ノ助も頷き返す。 「こういうのを教えるのは御法度だが、潜伏していた山賊はある六年生が忍務で捕まえたんだよ」 「……捕えた山賊は全員男だったと聞いている。押収した物の中には使った痕跡が見られる化粧品はあったが、金目の物になるはなかったと」 「捕まえたのなら、肝試しと関係はないんじゃ?」 「バーカ、よく考えて見ろ。なんで男しかいないはずなのに、使用済化粧品があるんだよ。山賊が化粧するってか?」 「山田先生や御園林蔵みたいに、女装癖がある人がいたんでしょうよ」 「……おい仁、そっちの可能性もあるぞ」 あっけらかんと言った友成に、誠八郎がハッとした様子で振り返った。仁ノ助は顔色一つ変えず、淡々とした口調で言葉を紡ぐ。 「例えそうだったとしても、警戒するに越したことはない。今俺達が想定しているのは『最悪の事態』だ」 「最悪の、事態……?」 「そこの……梶ヶ島と言ったな、梶ヶ島の言う通り山賊の中に女装癖のある者がいたかもしれない。だがまだ、他にも推測出来ることがある」 「……まさか女の山賊仲間が居て、そいつが今小屋にいるかもしれないってことですか?」 要約仁ノ助が言わんとしていることを察し、友成は顔を引き締めた。 仁ノ助は頷き肯定し、誠八郎がガシガシと頭を掻く。 「『女の幽霊』を結構な人数が目撃している割に襲われたとは聞かないから、女山賊の線は低いと思うけどな。かと言って放っておく訳にはいかねえし。つうことで学園長が思い付きなさったってことだ」 「話は分かりました。でも先輩、なんでアンタが会計委員長に?」 「……まあ、こいつアレだから」 スッと誠八郎は視線を反らし、友成は失言に気付いた。慌てて謝罪するが、仁ノ助はそれに首を横に振ることで答える。 「何時ものことだ。気にする必要はない」 学園の殆どと敵対している会計委員会。その中でも学園一の嫌われ者と呼ばれる仁ノ助を、快く思っていない委員長及び委員長代理の者は多い。故に自発的な集まりや話し合いに仁ノ助、延いては会計委員会が呼ばれることは全く無いのだ。 時々学園長がその話し合いに突撃参加し思い付きで委員会を振り回すこともあるので、同室である誠八郎が決定事項を仁ノ助に伝えるようにしている。その為今の所会計委員会がイベント事に省られたことはなく、仁ノ助は格別不満に思ったことはない。 仁ノ助は再び誠八郎に礼を言い、視線を一度文次郎が去った方に向けた。それに気付いた誠八郎が顔をしかめ「止めろよ」と釘を刺す。 「文次郎は連れていくな。ただでさえ体調が悪いのに、夜通し連れ歩くのは酷だ」 「……分かっている」 ただ。そう続けようとし、仁ノ助は言葉を飲み込む。 誠八郎と友成は短い間ではあったが、文次郎の委員会の先輩であった。友成も文次郎を可愛がってくれており、誠八郎は文次郎の体調不良に目敏く気付き気にかけてくれている。 そんな二人に、仁ノ助は言うべきではないと判断した。 恐らく文次郎は、見回りに一緒に行くと言い張るだろうと。 20130520 prev 栞を挟む next [目次 表紙 main TOP] ![]() |