※ネタ帳より六いの非童貞がバレる話


「あー、文ちゃんいたいた!」

 今日と明日は休日な為、泊まりがけで出ている者も多く、夕食時だが食堂にいる生徒は疎らである。
 夜は久しぶりに六人全員で鍛練しようと言う小平太の提案により、何時もよりも早目に食堂来ていた文次郎は、幼馴染みである伸一郎の声に箸を動かす手を止めた。

「どうした?」
「文ちゃん、今日の夜暇?」

 一緒に食堂に来た友人達に断りを入れてから来た伸一郎は、声を抑えながら聞いてきた。それに何故と問い掛けると、照れ笑いを浮かべられる。

「いやー、実は文ちゃんが贔屓にしている店の子に可愛い子がいてさ」
「お前またかよ……」

 何と無くは予想していたが、当たっていると分かると呆れしか浮かんで来ない。
 ハアと息を吐くと、横で聞いてきた仙蔵が話に入って来る。

「なんだ文次郎、今夜は鍛練を取りやめて女に会いに行くのか?」
「俺じゃなくてこいつがな」
「えー、文ちゃんも行こうぜー。文ちゃん三ヶ月位前に行ったきりだろ?」
「あー……」

 指摘されて、文次郎は久しく店に行っていないことに気付いた。
 店とは、花街で所謂色を売っている店のことである。文次郎の先輩がそこの後継ぎ息子ということで、三年生に上がった途端連れていかれるようになり、今では店主になった先輩に会うのも予て時々顔を出すようにしていた。
 だが色を売っている店なだけあり、文次郎もそこに行けば花を愛でなくてはならない。時々他の花に誘われることもあるが、文次郎には筆降ろしの時から世話になっている花がいる。三ヶ月行かなかったことは今まで無かったので、もしかすると機嫌を損ねているかもしれない。そうすると機嫌直しの貢ぎ物を持っていく必要があるのだが、残念ながらそれを準備する時間はもう残されていない。
 となると、文次郎の答えはただ一つ。

「悪い、今日は無理だ」
「げっ、マジかよー……」
「一人で行けばいいだけの話だろうが」
「いやあ、文ちゃんと一緒だとサービスが付くからさ」
「それ狙いか」

 エヘッとごまかすようにして笑う伸一郎に、文次郎はジト目を向けた。それに仙蔵が横から茶茶を入れる。

「ならば私と行くか?」
「げっ、立花は勘弁。女皆持って行かれちまう」
「何を言っている、私は一人しか相手にしないぞ」
「いや比べられるんだって。目みりゃ分かるんだよ、お前の方が良かったって思ってんの」
「ははっ、それはそうだ。お前みたいな奴に抱かれたい物好きな女はそうはいないだろう」
「くっ、言い返せないのが悔しい……っ!」

 ギリッと伸一郎は歯を食いしばり、仙蔵は高笑いをする。二人が冗談で言い合っていると分かっているので、文次郎は特に何も言わず二人の会話を聞き流した。
 氷を入れた味噌汁を啜る。具の豆腐を食んだ時、ガタンと目の前に座っていた小平太が立ち上がった。

「文次郎に仙蔵! お前達は女とま――」
「……静かに……」

 何かを叫ぼうとし、だがその内容を一瞬で把握した長次によって取り押さえられた。口を封じられつつもモガモガと何か言葉を発しようとする小平太に、文次郎は首を傾げる。

「何だ小平太、お前が代わりに行きたいのか? だったら今夜の鍛練は取り止めにしてもいいが……」
「ぷはっ、行きたいっ! 私そういった店に行ったことないんだ!」
「あっ、そうなのか?」

 味噌汁を啜りながら、長次の手を振り払った小平太の意外なカミングアウトに文次郎は目を丸くする。てっきり己と同じように先輩達に連れていかれていたと思っていたので、何と無く驚いたのだ。
 すると長次が「私もだ……」と同意したので、パチパチと目を開閉する。

「長次も行ったことないのか? 何だお前達、先輩に連れていかれなかったのか」
「……文次郎は、先輩に連れていかれたのか……?」
「ああ、女装の鍛練も予てな」

 ズッと味噌汁を飲み干す。今日も食堂のおばちゃんのご飯は美味であった。
 食べ終わったので食後の挨拶を唱えようとした時、今度は伊作が立ち上がった。

「ままままっ、待って! ちょっと待ってその会話可笑しいよね!?」
「何が可笑しいんだ? 伊作」
「色々言いたいことがあるけど、先ずは保健委員長として言わせてもらう! そういった店に行くのは性病を――」
「ちげえだろ伊作! 今それどころじゃないだろ!」
「何を言っているんだい留三郎! 性病は恐ろしい病気で――」
「講釈は後だ! 今は文次郎、お前だ!」

 妙なスイッチが入った伊作を押し退けた留三郎が、ビシッと文次郎に人差し指を向けた。犬猿の仲である為にそれに文次郎は直ぐさま「何だよ」と喧嘩腰に返す。

「おまっ、おまっ、おま……っ!」
「言いたいことがあるならハッキリ言わんか、ヘタレめ」
「――女、抱いたことあったのかよ! 三禁三禁煩い癖に!」
「……はあ?」

 顔を真っ赤にしてそう怒鳴るように言った留三郎に、文次郎は訳が分からず気の抜けた声を出した。

「意味が分からんが、俺は別にあれに溺れている訳ではないぞ。どちらかと言うと姉のような存在だな。確かに行為は致しているが、それは後々そういった忍務を任された時に溺れないようにという鍛練目的であり――」
「ちげえよそうじゃねえよ! 俺が言いたいのはそういうことじゃなくてだな!」

 地団駄を踏みそうな勢いで何かを訴えてくる留三郎に、だが気付かない文次郎は意味が分からんと眉間にシワを寄せる。
 代わりに、今の今まで仙蔵と口論していた伸一郎が何かに気付いた。

「もしかして食満達、童貞なのか?」

 率直な言葉に、伊作と小平太と長次、留三郎は頷いた。
 それにエッと驚いたのは文次郎で、ちょっと待てと立ち上がる。

「いやそれは嘘だろ!? 先輩は絶対一度はするものだって言ってたぞ!?」

 そう聞かされたからこそ、文次郎は嫌々ながらも店に着いて行ったのである。そうでなければその時間を鍛練に割り当てていた。
 だが、今の今まで信じていたものをあっさりと伸一郎と仙蔵が粉々に崩す。

「文ちゃん、それ嘘。俺らの学年でも結構童貞いるぜ。俺は文ちゃんが卒業したから『じゃあ俺も』って感じだったし」
「恐らくは文次郎を店に連れていく為の方便だったのだろう」
「……林先輩の嘘つき……っ!」

 言葉巧みに騙されてたと知り、文次郎はその場にうなだれた。今まであの修羅場をくぐり抜けさせられてきたのは何だったのかと、脳裏に浮かんだ先輩に文句を言う。
 それに気付いたのか否か、伸一郎と仙蔵がいい笑顔で止めを刺す。

「大丈夫だって文ちゃん! 確かに文ちゃんは先輩に騙されて色んな経験してきたけど、それはそれで有りだと思うぞ?」
「そうだぞ文次郎。松平の言う通り、その老け顔に似合うだけの修羅場をくぐり抜けてきたことは、決して無駄ではないのだからな」
「文次郎、お前一体何して来たんだ!?」

 修羅場という言葉に、一番そういった事から縁遠いと思われていた文次郎が実は経験済みと知り驚いていた留三郎達が反応する。
 だが信じていたことが粉々に崩されたばかりの文次郎に、言い訳する気力が残っているはずもなく。

「頼むから何も聞くな、聞かないでくれ放っておいてくれ……っ!」

 ただ耳を塞ぎ、そう宣う他残されていなかった。

20130508 鳩崎様へ
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