※六年の前で幼馴染み主に堂々と甘える文次郎


 ポスンと、己の膝の上に幼馴染みの頭が乗せられた。伸一郎は目を数回瞬かせ、えっと首を傾げる。

「文ちゃん?」
「ねみぃ……」

 膝を勝手に枕にしてきた幼馴染み――文次郎は今にも閉じそうな目で見上げ、ふわあと大きな欠伸をした。
 眠たそうなそれに、突然部屋にやって来た理由はこれか、と伸一郎は悟り大人しく枕に徹することにした。頭を撫でると文次郎は気持ちよさげに目を閉じ、あっという間に眠りの淵に落ちていく。

「うわっ、もう寝た」

 スウスウという寝息に思わず呟き、目の下に鎮座している隈を指でなぞる。何時もよりも濃いので、また委員会やら鍛練で徹夜を続けたのだろう。それならば布団の方がぐっすりと寝れそうだが、文次郎はそうせず己の元に来た。それが彼なりの精一杯の甘えだと思うと、自然に伸一郎の口角が上がる。

「可愛いなあ、ホント」

 今すぐにでも勢いよく頭を撫で回したいのだが、そうすれば起きるかもしれないのでグッと我慢する。然し手が疼くのを我慢した為、顔のにやけは止まらなかった。

「その顔だと、単なる変態にしか見えないな」
「うっせえな、つか勝手に入ってくんな」

 それを見咎めたのは、文次郎を探しに伸一郎の部屋に訪れた仙蔵だった。
 勝手にずかずかと部屋に上がり込んできたので、伸一郎はムッと顔をしかめる。だが仙蔵は気にせず正面に座り、文次郎の顔を覗き込んだ。秀麗な顔に呆れの表情を浮かべ、全くと息を吐く。

「これ程濃いと、一生消えないかもしれんな」
「それには同感だ。てか文ちゃんに何か用?」
「いや……、久しく自室に戻らず会計室に篭り、漸く終わったというのにどこかに向かってしまったと会計委員会の者達に言われてな。寝不足な後輩達を安心させる為にも、仕方なく探していただけだ」
「成る程、要は寝不足で倒れてないか心配して探していたってことか」
「……お前の耳は節穴らしいな」
「たまには素直になってみるのもいいと思うぞー」

 ヘラッと笑いかけると仙蔵は眉間にシワを寄せた。だがそれ以上否定の言葉を出さない辺り、素直じゃないと言えよう。
 八つ当たりなのか、仙蔵が文次郎の額にデコピンをする。すると文次郎は眉間にシワを寄せ「むう」と唸り、仙蔵に背を向けるようにして横になった。その『異常』とも言えるそれに、伸一郎と仙蔵は揃って目を丸くする。

「起きない……だと……?」
「そんなに寝不足だったのかよ、文ちゃん……」

 スヤスヤと穏やかな寝顔に戻った文次郎だが、本来ならデコピンをされる前に起きていただろう。それ程に彼の眠りは常から薄く、接触などされたら直ぐに飛び起きているはずである。
 だが、文次郎は起きなかった。
 それに伸一郎は改めて文次郎をせめて三日に一晩は寝かせようと決意する。一方仙蔵はと言うと、何かを考え込むかのようにして腕組みをした。
 それぞれ己の思考に耽っていると、イケイケドンドンと元気の良い声が聞こえて来る。それは直ぐに伸一郎の部屋に直接響き渡った。

「文次郎! イケドンにバレーしよう!」

 壊さんばかりの勢いで障子を開けた小平太は、バレーボールを掲げながら満面の笑みで部屋の中に入って来た。その後に長次がのんびりと続く。
 耳を劈くかのような大声に伸一郎は咄嗟に文次郎の耳を塞ぎ、仙蔵がこらと小平太を窘める。

「静かにせんか! 文次郎は今寝ている。バレーしたいのならあそこに暇を持て余している奴がいるから、そいつを連れていけ」
「いや立花、俺文ちゃんの枕という仕事があるからバレー無理だし」
「ん? なんだ、もんじは寝てるのか?」

 生贄を差し出そうとした仙蔵やそれに抗おうとした伸一郎の言葉を軽く無視し、小平太は仙蔵の隣に腰を降ろしマジマジと文次郎の顔を覗き込んだ。長次も伸一郎の隣に座り、同じく覗き込む。

「……本当にもんじ寝てるな、ちょーじ」
「……やっと帳簿が終わって、安心したのだろう……」
「しかし、これでは遊べないぞ」
「……今日は我慢しろ……」
「えー? 私昨日も我慢したぞ! 文次郎と今日遊ぶって約束もした!」

 余程バレーがしたいのか、小平太は長次の言葉に膨れっ面になった。文句を言うと、長次のみならず仙蔵や伸一郎からも叱責の声が飛ぶ。

「小平太、幾ら文次郎とて流石に今日は無理だろう。伊作か留三郎で我慢しろ」
「七松様、文ちゃんのこの隈を薄くしないといけないんで、今回だけは勘弁してください」
「……小平太、我が儘はいけない……」

 三人から嗜まれ、流石の小平太もしょぼくれた。仙蔵と伸一郎のも勿論だが、特に長次からの『我が儘』という言葉は耳に痛い。別段我が儘を言っているつもりはないのだが、己よりも頭が良く物知りな長次がそう言うのならば、これは『我が儘』なのだろう。

「分かった。ちょーじがそこまで言うなら、我慢する」

 遊びたい気持ちを我慢してそう言えば、長次はそれでいいと頷いた。
 一方小平太の言葉足らず無視される形になった仙蔵と伸一郎は、またかと頭を垂れた。然し何と言っても相手は暴君と称される野性児、ツッコむ気力はとうに無い。
 ハアと二人同時に息を吐いた時、モゾリと文次郎が身体の向きを正面に変えた。キュッと眉間に皺を寄せ、んんんと唸りながら重たい瞼をゆっくりと開ける。

「ん……、こへ……?」
「あっ、もんじ起きたっ!」

 どうやら小平太の声で意識が浮上したらしい。文次郎が起きたことに伸一郎と仙蔵、長次の三人が顔をしかめ、それとは対照的に小平太は顔を明るくする。

「文次郎っ! 寝てないでバレーしよう!」

 目を擦りながら身体を起こす文次郎に、小平太がボールを見せながら輝かしい笑顔を浮かべた。もしも尻尾がついていれば、はち切れんばかりに振られていたに違いない。
 だが意識が浮上しただけで覚醒はしていないのか、文次郎はトロンとした目で小平太とボールを見比べた。首を傾げ、悩むこと数秒。漸く理解出来たのかああと頷き、ゆっくりと手を持ち上げる。

「わりぃ、いまねむいんだ……」

 手は小平太の頭へと伸び、その纏まりの無い髪を撫でた。撫でられた小平太は目を丸くし、「そうなのか?」と首を傾げる。

「文次郎が眠たいって言うの、久しぶりに聞いたぞ!」
「んー……」
「じゃあ今はたくさん寝て、明日一緒にバレーしような!」
「んー……」

 コクリ、コクリ。舟を漕いでいるのか将又頷いているのかは定かではないが、首を縦に動かす文次郎に小平太は満足そうに笑った。
 限界が訪れたのか、文次郎は倒れるようにして膝の上に戻った。慌てて顔を覗き込めば、帰ってくるのはスゥスゥと穏やかな寝息。
 再び寝てくれたことにホッと息を吐いていると、コロンと小平太も文次郎に寄り添うようにして横になった。

「小平太?」
「私も寝る!」

 文次郎気持ち良さそうに寝ているから、私も眠たくなってきたんだ。
 ニカッと人懐こい笑みを浮かべそう宣い、小平太は目を閉じる。そして直ぐに眠り世界に旅立ったのか、スピーッと寝息を発て始めた。
 あっという間に起きたそれに、伸一郎は着いていけず目を丸くした。比較的この自由気ままな性格に慣れている仙蔵は、やれやれと肩を落とす。

「バレーバレーと煩いと思っていたら、次には眠いと来たか。全く、小平太は予測出来ないものだ」
「俺はお前のその冷静さが不思議でなんねえよ。何が起きてんの?」
「混乱している所悪いが、長次を見てみろ」
「はっ?」

 言われて隣を向くと、視界の中に長次は居なかった。辛うじて下の方に見慣れた制服の色がちらつき、まさかと思いながらも斜め下を見る。

「長次も既に寝ている」
「ろ組自由度高すぎっ!」

 いつの間にだろうか、長次が横になりスヤスヤと気持ち良さそうに寝ていた。
 思わず叫べば文次郎が身じろいだので、慌てて口を押さえる。混乱する思考回路を何とか正しジロリとした目を仙蔵に向けると、同じように返された。

「私のせいとでも言うのか?」
「そうじゃねえけどさぁ、ただ……」
「ただ?」
「こいつら狡い! 俺も文ちゃんと昼寝したい! だから代わって!」
「断固拒否する」

 仙蔵は迷うこと無く即答で返した。当然と言えば当然のそれに、だが伸一郎は顰めっ面を浮かべた。


*-*-*-*


「んん……んっ?」

 深い眠りから意識が浮上した文次郎の目に飛び込んで来たものは、気持ち良さそうに眠る伸一郎の横顔だった。
 パチパチと左右形の違う目を瞬かせる。身体を起こそうとしても伸一郎に抱きしめられているので儘ならない。
 首だけ動かし周りを見れば、隣に小平太が大の字で、頭上の方で長次が横を向いて眠っている。足元の方を見れば、仙蔵が壁に寄り掛かりながら座り眠っていた。
 はて、と首を傾げる。どうしてこういった状況になっているのか分からない。

(ここ伸一郎の部屋だよな。なんでここにいるんだ……?)

 実は眠気がピークに達し、無意識に伸一郎の元に訪れていた文次郎。記憶にあるのは帳簿が終わった所までで、それ以降のことは綺麗さっぱり覚えていなかった。
 だが、頭が妙にスッキリしていることと周りが寝ていることで、ここで昼寝をしていたことは推測は出来た。何故仙蔵達もいるのかまでは分からないが、彼等が起きた時に聞けばいいので深くは考えないことにする。
 モゾモゾと動いた為か、伸一郎の腕の力が増した。すっかり抱き枕状態になっている文次郎はそれに抗うこともせず、腕の中で大人しく目を閉じる。

(こういうのも、たまにはいいな……)

 今の今まで恐らく寝ていたはずなのだが、身体はまだ睡眠を欲しているらしく。穏やかにやって来る眠気の波に、文次郎は身を委ねた。


 さて。文次郎達につられいつの間にか眠っていた仙蔵が起き、寄り添い眠る二人に呆れの息を吐いた頃。
 予算の文句を言おうと留三郎が、いい加減休息を取らせようと伊作が文次郎を探し回り、然し何処にもおらず更には仙蔵達まで見当たらないことに不安を抱き必死に探し回り。
 蛸壷を掘る場所を探している時たまたま六年は組の長屋の近くを通り掛かり、たまたま開いていた障子から部屋の中が見え、文次郎達が昼寝をしているのを発見したとの綾部の言葉に、仲間外れだと騒ぎながら向かっていたのだが。
 そんなことを露とも知らない伸一郎と文次郎、長次と小平太の四人は幸せそうに惰眠を貪るのだった。

20130503 匿名様へ
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