※「考察編」第九話の文次郎視点 「だから何時か、俺と双忍になってください」 「……双、忍?」 言われた言葉に、文次郎は赤く充血した目をパチクリと丸くした。疑問形になったのは「どうしてそこで術の名称が出て来るんだ?」だったのだが、残念ながら伸一郎には伝わらなかったらしく、神妙な顔で頷かれる。 「俺とお前は幼馴染みで、ずっと一緒にいるって思ってた。けど忍者になればそうはいかない。だから俺なりに考えてみてさ、文ちゃんの双子先輩達みたいに双忍になればいいんじゃないかって……」 双子先輩。それは文次郎の二つ上の、終に六年間ずっと問題児であり続けた会計委員の双子の先輩のことで間違いないだろう。 確かにあの双子は「双忍の術しか使わないから僕達のことは『双忍』って呼んでも問題ない」と持論を展開していたことがあったが、何故それを伸一郎が知っているのだろうか。 恐らくどうでもいいことだと思われるその疑問が文次郎の脳内を駆け巡り、一つの引き出しにたどり着いた。 ずっと昔に奥深くに仕舞ったまま開けることがなかったそれの埃を払い落とし、そっと開ける。 久しぶりに思い出したその記憶に、ああと文次郎の中に温かい感情が溢れ出した。 込めた想い 今から五年前、文次郎がまだ一年だった時の頃。文次郎の言葉で忍者を目指すことにした三年生の双子の先輩――蓬川甲太と乙太の宣言が、事の始まりだった。 「なっちゃん、あのね」 「僕達、『双忍』になることにしたんだ!」 「……はい?」 ニコニコと笑う同じ顔をした双子に、文次郎は訳が分からず首を傾げた。「だからね」と甲太が言い、乙太が同じ言葉を繰り返す。 「えっと、双忍とは、術の名称では?」 「うん、術の名称だよ!」 真っ先に浮かんだ疑問を言えば、あっさりと肯定された。呆気に取られ何も言えずにいると、だってと双子が続ける。 「僕達これからもずっと一緒で」 「忍者の仕事も二人でして」 「それってつまり双忍の術しか使わないってことだから」 「僕達はつまり『双忍』の術を使う双子の忍者」 「だから僕達は『双忍』なんだよ、なっちゃん!」 最後は二人揃って言われ、文次郎はどうすればいいか分からなくなった。 双子の持論は真面目な文次郎には到底理解しがたく、疑問しか浮かばない。然し尊敬する先輩の言葉を無下に否定することも出来ず黙っていると、双子は次のターゲットである四年生の先輩―御園林蔵を発見しそちらに向かっていってしまった。 「さっちゃん先輩、あのね!」「さっちゃん言うなー!」と聞こえて来る何時ものやり取りをBGMに、文次郎はポクポクと考える。 考えに考え、疑問が疑問を呼びその疑問が疑問を、と悪循環に陥りかけた時、「文次郎?」と話し掛けられた。 その声に文次郎は考えていたことを一瞬忘れ、パッと顔を輝かせ上げる。 「仁先輩っ!」 話し掛けてきたのは、文次郎が最も敬愛し尊敬する会計委員長の浜仁ノ助だった。 仁ノ助なら答えが分かるかもしれない、と文次郎は今まで考えていたことを双子の言葉も含めて総て話す。 「――と言うことがありまして……」 文次郎の拙い説明を、然し一度も嫌そうにせず黙って聞いた仁ノ助は、そうかと一度呟き林蔵にじゃれついている双子に視線を向けた。 その表情は何時もと変わらず、文次郎はドキドキとしながら仁ノ助の言葉を待つ。 「文次郎」 「はいっ!」 「『黄昏れ』という言葉の意味を、知っているか?」 「……『黄昏れ』、ですか?」 全く脈絡もないそれに、文次郎は首を傾げた。だが仁ノ助が言うのならば意味があるのかもしれない、と素直に答える。 「夕暮れ時のこと、ですよね?」 「そうだ。では『黄昏れる』とは?」 「ええと、物憂げな様子……」 「それは本来の意味ではない」 「えっ!?」 「『黄昏れる』とは本来『夕方になる』と言う意味だ。お前の言った意味で使われることの方が多いがな」 知らなかった事実に文次郎が驚く中、淡々と、然し何時にも増して饒舌に仁ノ助は言葉を紡ぐ。 「言葉は『黄昏れる』の様に本来の意味ではなく、派生した意味で使われる物も多い。それは『間違い』ではあるが、ある意味では『正しい』とも言える」 「『正しい』?」 「例え『間違い』だとしても、それを『正しい』と思い込む人が増えればそれは『常識』となる」 然し、仁ノ助の言葉は一年生の文次郎には難しかった。故に困惑した表情を浮かべると、仁ノ助は少し黙った後「後に分かることだ」と話を戻す。 「甲太と乙太の言う双忍の意味は本来のと違う」 「はい」 「だがあいつらはそれを分かった上で、別の意味として使った」 「はい」 「ならば、受け入れればいい。あいつらにとっての『双忍』の意味を」 「受け、入れる……?」 思わぬ言葉に文次郎が繰り返すと、仁ノ助は頷いた。 「『間違い』と知らず使っているのなら『正さ』なくてはならない。だが知って使っているのならば、そこに込められている『想い』を感じ取れ」 「想い……」 「お前の話を聞く限り、甲太と乙太は『二人組の忍者』として使っているのだろう。 ――あいつらにとって『二人』とは、重要な意味を持つものだ」 仁ノ助の言葉に、文次郎はハッと気付いた。双子は会計委員会に入るまで『一人』で行動することを強いられていたと聞いている。『二人』でいることを望む双子からすればそれは、拷問にも等しい処遇だっただろう。 今でこそ『二人』でいることが認められているが、忍者とは基本的に単体で行動する存在である。双子は恐らくはフリー忍者になるだろうので、卒業後はまた『一人』で行動することが要求されるかもしれない。 だが、もしも『双忍』に双子の意味合いが込められれば。『双忍』である限り双子は堂々と誰にも非難されることなく『二人』でいることが出来る。 (伸一郎……) ふと、脳裏を大切な幼馴染みの姿が過ぎった。学園に入学する前、ずっと共にいると約束した家族同然の幼馴染み。今は彼に拒絶され他人同然となっているが、もしも彼が己と『双忍』になってくれることを望んでくれれば。 「せっ、先輩っ! すみません用事を思い出したので失礼しますっ!」 いてもたってもいられなくなり、文次郎は駆け出した。だが大事なことを忘れていたことを思い出し、慌てて急ブレーキをかける。 「こーた先輩! おーた先輩!」 「なあに? なっちゃん」 意味が違うと林蔵に怒鳴られていた双子は、だがケロッと全く堪えていない風に文次郎を振り向いた。 文次郎は大きく息を吸い、有りったけの想いを乗せる。 「先輩方が『双忍』になれる日を、俺、楽しみに待ってます!」 それに、林蔵が「お前らのせいで文次郎が間違った覚え方を!」と嘆いたが、文次郎が言葉に込めた想いを悟った双子は嬉しそうに笑い、「まっかせて!」と答えた。 (ああ、そうだった。こいつに教えたの俺だったな……) 意識が過去の記憶から浮上し、文次郎は目の前で「いっ、嫌なら別にいい! 俺はお前より全然弱いし足引っ張るって分かってる! でも必ず追いついて見せるからさ!」と何故か慌てている幼馴染みを見た。 あの後この男の元に向かい双子のことを話したのだが「へー、そうなんだ」との返事しか得られず落ち込み、己には関係ないことだと記憶の隅に追いやっていたのだが、どうやら幼馴染みの方は覚えていたらしい。 流石に六年生なので、正しい意味は知っているだろう。そうだとして『双忍』になろうと持ち掛けているのならば、己は。 「いいな、それ」 「……へっ?」 やっと『他人』から解放されることになる。 「『双忍』になろうじゃねえか」 言ってほしかった言葉を長い時を経て得ることが出来た文次郎の目には、もう涙が浮かんでいなかった。 20130507 prev 栞を挟む next [目次 表紙 main TOP] ![]() |