※初代組について会計の後輩達に語る文次郎


 深深とした夜に包まれた学園の一室、予算会議が近くなれば連日連夜明かりが灯ったままとなる会計室からは、今日もまたパチパチと算盤を弾く音が響いている。その音を会計室の隣にある仮眠室で寝転がりながら、団蔵は耳を澄まし聞いていた。
 仮眠を取れという委員長の命令の元、会計委員は仮眠室で三日ぶりの睡眠を貪っている。だが団蔵は今日に限って目が冴えてしまい、目を閉じようにも眠りの世界に入ることが出来ないでいる。
 ゴロゴロと寝返りを打っていると、不意に算盤を弾く音が止んだ。それにあれと身体を起こすと同時に、スッと襖が開く。

「眠れないのか?」
「潮江先輩……」

 気配で寝ていないと気付いたのだろう、文次郎が窺う様にして中に入ってきた。
 すみませんと謝罪すると、謝ることじゃないと頭を撫でられる。その手は故郷にいる父の手のように大きく温かく、団蔵の中で温かい何かが広がった。

「先輩、俺も手伝っていいですか?」
「いや、いい。お前達は寝ていろ」
「でも俺、眠れません……」
「横になり目を閉じ、何も考えるな。そうすれば時期に眠くなる」
「はあい……」


 静寂な夜だからか、文次郎の声色は何時もよりも優しい気がした。それに素直に頷き布団の中に潜り込み、目を閉じる。
 途端暗闇に包まれる世界の中で、文次郎の声だけが静かに響く。

「俺が一年生の時も、今のお前達のように眠れぬ夜があった」
「え……っ?」
「こら、起きるな。黙って目を閉じておけ」

 突然始まった話に思わず目を開けると、大きな手が目に覆いかぶさった。慌てて閉じると手は退かされ、ほんの少しだけ寂しい気持ちに襲われる。

「あの夜も今と同じように、委員長だけが起き、俺達はここで仮眠を取るよう命じられた。だが俺はどうしても寝付くことが出来ず、天井を見上げては寝返りを打っていた」

 どうやら文次郎は、団蔵が寝付くまで話を聞かせてくれるらしい。余計に寝れないんじゃという疑問は、身体の内に留めておく。

「そんな俺に最初に気付いたのが、二つ上の先輩方だった。『一緒に寝ようか』と俺を挟むようにして布団の中に潜り込んできた」

 先輩方と言うことは、二人以上いたと言うことなのだろうか。今の己と左吉のように、組が違い喧嘩をしょっちゅうしていたのだろうか。

「それで三つ上の先輩が俺達が起きていることに気付き、学園に纏わる噂話を幾つか聞かせてくれた。その内容が大変可笑しくてな、俺と先輩方は笑いを堪えるのに必死だった」

 笑える程可笑しい噂話とは、どんなものなのだろう。一体何についての話なのだろう。

「そうしたら四つ上の先輩も起き出して、委員長についての話をしてくださった。俺と先輩方はいつの間にか真剣にその話を聞いていた」

 委員長とは、以前話してくれた尊敬する先輩のことだろうか。一体どんな人なのだろうか。

「すると、とうとう委員長が仮眠室に顔を出されてな。俺達は慌てて布団の中に潜り込んだ。俺が目を閉じ眠れと己に言い聞かせていると、ふと頭を誰かに撫でられたんだ。それに目を開けると――……」

 ああ、目を開けると何なのだろうか。気になるのに瞼が重い。
 「お休み」という声と共に頭を何かが撫でる感触と共に、団蔵の意識は眠りの淵に落ちていった。


 スウスウと聞こえてくる四人分の静かな寝息に、文次郎は肩を落とした。
 団蔵は気付いていなかったが、実は全員が起きていた。ただ団蔵が最初に反応したので寝たふりをしていただけで、話にはしっかりと耳を傾けていた。明日はまた帳簿付けをしてもらうので、彼等には今のうちに睡眠をしっかりとっておいて貰いたかった故の昔話だったのだが、意外と効果があるらしい。
 最も、話したかったものは昔話ではなく、最後に出て来た当時の委員長が聞かせてくれた『お伽話』だったのだが。

(まあ寝てくれたことだ、良しとしよう)

 起こさないよう仮眠室を出て、文机に戻る。暫くするとまたその部屋から、算盤を弾く音が響き出した。

20130508 ちひろ様へ
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